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立川の歴史・日野の渡し跡 [立川の風景]

投稿日時:2017/11/08(水) 19:00rss

立川の歴史散策・日野の渡し跡

立川市柴崎町・柴崎体育館の東側の道は、江戸の五街道の一つ「旧甲州街道」が通っています。
かつて、この道を先に進むと、暴れ川と恐れられていた多摩川とぶつかり、遥か甲州へと向かうには、この多摩川を渡るしか無かったようです。





この多摩川を渡るために、渡し舟が使われていたようです。
立川市の下流側、現国立市には、万願寺の渡しや谷保の渡しなど、また上流側の現昭島市には、築地の渡しや平の渡しなどがあったようですが、立川市には、この旧甲州街道を行き来する人々を渡す「日野の渡し」と、ここより少し上流側にあった「柴崎の渡し」とが存在していたようです。





現在は、甲州街道を渡す「日野橋」と、多摩都市モノレールも渡る「立日橋」とが整備され、渡し舟を使うことはありませんが、今から400年ほど前の立川では、多摩川を船で渡る風景が見られたのです。



下の写真の左側に見えるのが、現在の日野橋です。
ちょうどこの辺りでしょうか…?
江戸の八代将軍・吉宗の時代に、立川のこの辺りで捕れた鮎を、幕府に献上していたという話があるようです。
多摩川の鮎の話は、また近日中に続きます。


 
by ノックアウト♪






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