

迎え盆の夜。麦わらで編んだ松明に火が入り、暗闇の中にいくつもの炎の輪が浮かび上がる。立川市西砂川地域に伝わる「松明回し」は、先祖の霊を迎え、送るためのお盆の行事だ。いったん途絶えたこの風習を地域の祭りに呼び戻し、33年にわたってつないできた人がいる。西砂川松明伝承保存会会長、髙橋正光さん。火を扱う責任を引き受け、子どもたちに鎌を持たせ、麦を育てるところから伝承を始める。その覚悟の奥には、18歳から家と地域を背負ってきた一人の人間の歩みがあった。
六本の松明から始まった三十三年
はじまりは、西砂小学校の校庭で開かれた第1回「西砂川地域ふれあい祭り」。青少年健全育成地区委員会(以下、青少健)の役員たちは、真夏の暑さの中、自分たちの手で盆踊りの舞台を組んだ。そこで何か地域らしい催しができないかと考えたとき、髙橋さんの頭に浮かんだのが、かつてこの地域で行われていた松明回しだった。親戚の農家から麦わらを分けてもらい、作った松明は六本ほど。大人たちが火をつけて回すと、会場は大いに沸いた。

翌年、髙橋さんは責任者を任された。前任者からは、昭島の飲み屋で「もう髙橋しかいねえんだから」と告げられたという。「うまく話に乗せられちゃって。断ってたんですけどね、とうとうやらざるを得なくなって」。そう言って髙橋さんは笑う。しかし、ひとたび引き受ければ途中では投げ出さない。火を扱う怖さも、事故が起きれば行事そのものが消えてしまう重さも承知した上で、毎年、見物人との距離を取り、回し手を募りつつ、子どもには保護者の承諾を求めてきた。火の輪の外側には、髙橋さんが引き受け続けてきた責任がある。

松明回しは、見せるためだけの祭りではない。砂川新田が開かれ、麦が人々の暮らしを支えていた頃、麦わらは先祖を迎える灯になった。髙橋さんの家にも、一年分の麦を広げる大きな土間があり、粉にした小麦で焼き餅やうどん、すいとんを作った。虫が湧けば、ふるいにかける。子どもの頃に見たその暮らしの記憶が、いまの伝承を支えている。
約20年前、髙橋さんたちは青少健だけに負担をかけず、麦作りと伝承を続けるため「西砂川松明伝承保存会」を立ち上げた。子どもたちは種をまき、麦踏みをし、育った穂を鎌で刈る。収穫した麦は食べ、加工し販売も体験する、残った麦わらを編み、迎え盆の夜に火を灯す。種から炎までのすべてを循環する。初めて鎌を持つ子どもに本物の体験を渡す以上、「万が一」を考え、備えて、経験を奪わない。髙橋さんは、その覚悟、責任から目をそらすことはしない。
十八歳で背負った家と地域
髙橋さんが責任を引き受ける生き方は、18歳の時に始まっていたのかも知れない。高校を卒業してすぐに進んだ大学の1年生の時、父・貞治さんから畑やアパートの管理、親戚や近所との付き合いまで「髙橋のものは、お前が全部やれ」と任された。まだ18歳だった。母親は長く病床にあり、家を守る責任は若い髙橋さんの肩に乗った。それでも、貞治さんは、息子が新しい道へ進もうとした時には背中を押した。農業を続けながらも、子どもに関わる仕事がしたい。そう考えた髙橋さんは、資格も経験もない20代で保育園設立を目指し、何度も東京都へ足を運んだ。認可の条件として先祖伝来の土地を社会福祉法人へ寄付できるか問われると、貞治さんは「お前のやることだったら何でもやれ」と答えた。髙橋さんはその言葉を受け、奥さまと共に「立川ひかり保育園」を開いた。貞治さんから受け取ったのは土地だけではない。責任を背負わせながら、最後は本人を信じて任せる。その懐の深さもまた、髙橋さんの中に受け継がれている。

おかしいことには、おかしいと言う
保育や福祉の現場に長く立つ中で、髙橋さんは制度が現場から離れようとした時、黙ってはいられなかった。社会福祉法人制度の改革が進んだ際にも、全国の団体が受け入れる中で、現場を知らない人が法人を左右する仕組みはおかしいと声を上げた。「立場はわかるけど、やっぱりこれは、どう見たっておかしい」。相手の事情や立場を認めた上で、それでも違うものは違うと言う。要望をまとめ、関係機関に働きかけ、制度の見直しにつなげた。髙橋さんの強さは、相手を打ち負かすための強さではない。現場で働く人と、そこで育つ子どもを守るために、必要な言葉を引き受ける強さだ。
その一方で、自らの歩みを誇ることはしない。長年の福祉や人権擁護の活動が認められ叙勲を受けたことについても、髙橋さんは多くを語ろうとしない。「お祝いに声をかけた人くらいしか、知らないかなぁ~」と笑う。肩書きや功績よりも、目の前にいる人を見る。信念を曲げない強さと、人を切り捨てない懐の深さ。その両方が、髙橋さんの中に同居しているのだ。
その一方で、自らの歩みを誇ることはしない。長年の福祉や人権擁護の活動が認められ叙勲を受けたことについても、髙橋さんは多くを語ろうとしない。「お祝いに声をかけた人くらいしか、知らないかなぁ~」と笑う。肩書きや功績よりも、目の前にいる人を見る。信念を曲げない強さと、人を切り捨てない懐の深さ。その両方が、髙橋さんの中に同居しているのだ。
この世で一番大切なもの
麦刈りを終えた子どもたちが感想を話した時、全員が手を挙げたことがあった。立派に挨拶した子には、帰り際に「素晴らしい挨拶、ありがとうな」と伝えたという。「地域のじいさんから褒められたことが、どこかに残ってくれてれば良いなって」。髙橋さんは子どもたちに、折に触れて問いかける。「この世で一番大切にしなくちゃいけないものは何だ?」。それは命だよね。「辛い、苦しい、悲しい時も一時期だから。人生は長いんだから。命を無駄にしちゃいけない」。麦は踏まれて根を強く張り、やがて穂を実らせる。刈り取られた後も人を養い、わらは先祖を迎える灯になる。迎え盆の夜、子どもたちの頭上で回る炎は、昔の風景を再現するだけの火ではない。命は一人で始まったものではなく、受け取り、次へ渡していくものだと語りかける灯である。
麦を蒔き、刈り、灯す――子どもたちの手から手へと受け継がれてきたこの営みが、いつか立川の、そして東京の記憶として正式に残される日が来てほしい。そう願わずにはいられない。
その輪のそばで、髙橋さんは今年も、子どもたちを見守っている。
麦を蒔き、刈り、灯す――子どもたちの手から手へと受け継がれてきたこの営みが、いつか立川の、そして東京の記憶として正式に残される日が来てほしい。そう願わずにはいられない。
その輪のそばで、髙橋さんは今年も、子どもたちを見守っている。





