イベントレポート

現地解説「五鉄跡を歩く」12月13日(土)

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立川市歴史民俗資料館企画展関連イベント

現地解説「五鉄跡を歩く」
日時 12月13日(土)10:30~15:00
スタート JR立川駅南口
ゴール JR拝島駅

「五鉄跡」とは

五日市鉄道、立川-拝島間(8.1km)の鉄道跡を歩きます
五日市鉄道は大正14年に拝島~五日市間が開業しました。その後、昭和5年に立川延長線開業。
昭和15年に南武鉄道に吸収合併され、昭和19年4月に国有化されますが、同年10月に休止します。
その後、廃線となりました。この区間を五鉄跡と呼ばれています。
青梅鉄道資料調査会の三村氏のご説明を聞きながら、現在の五鉄跡の様子を実際に歩きました。

五鉄跡の駅は「武蔵上ノ原」(立川市)「郷地」「武蔵福島」「南中神」「宮澤」「大神」「武蔵田中」
「南拝島」(昭島市)の8駅で、そのうち「南中神」「南拝島」は停車場でしたが、その他は停留所で、
お客さんがいない場合には通過する旨の但書が時刻表にあったそうです。

青梅鉄道が計画し、南武鉄道が施工した現在の青梅線を武蔵上ノ原まで五日市鉄道が共用していました。
南武鉄道は西立川へ、五日市鉄道は郷地に向かいます。
ちなみに、現在の青梅線は東京からの下り列車がこの線路を利用しています。

それでは写真を見ながら「五鉄跡」を歩いてみましょう。



★すべての画像は、クリックすると拡大して表示されます。
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いよいよJR立川駅南口をスタート。
 
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青梅線と中央線が交差するところ。
 
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青梅線が上を通ります。
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中央線が下をくぐります。
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武蔵上ノ原駅の跡地。踏切に「上ノ原」とあります。
 
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このあたりで分岐して郷地に向かいます。
レールのモニュメントのようなものが。
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立川南通り沿いに西に進みます。
このあたりに郷地の駅があったそうです。
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道なりではなく、まっすぐの方向、建物の裏に道が
これが五鉄通りです。
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昭和公園につきました。ここには説明書きがあります。
 
''昭和公園の中に石碑があります。
 
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紅林氏の業績をたたえた石碑、五日市鉄道の文字が
 
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さきほどの道を進んでも家が建っていて進めません。
奥多摩街道へ迂回します。
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福島通りを先ほど位置まで戻ったこのあたりが
武蔵福島駅だったそうです。
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西側を見ますが、またまた住宅が建っていて先には
進めません。
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奥多摩街道に戻ってしばらくして住宅の中を縫うように
歩くと五鉄通りにまた出ます。
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交差する八清通りには「この先行きどまり」の看板が
 
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しばらく進むと和田橋につながる大きな通りに出ます。
 
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このあたりも住宅が立ち並んでいますが
右側に細い道があります。
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このあたりに南中神駅があったそうです。武蔵中神
する予定でしたが、青梅線に気を使って南中神に変更。
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またまた家が建ってて道は寸断されます。
 
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横道から少し行くと、五鉄通りが再び現れます。
 
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しばらく歩くと「このあたりに鉄橋がありました」と
ご説明がありました。
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向かって左側を見ると今は蓋がしてありますが、
水路なのか川なのか
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反対側、子どもたちのいる方向に同じような蓋があります。
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ここに宮澤駅があったようです。
 
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これが駅の跡のようです。
 
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八高線と五鉄が交差します。開通は五鉄が先でしたが
国鉄の上に通るわけにはいかないと下を通ったそうです。
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八高線の電車が通っています。
 
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当時手前の道が橋になっていて、下を五鉄が通っていた
そうです。
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大神駅の跡が、ポケットパークになっています。
ここに置かれているものは五鉄とは無関係。
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五鉄の駅は3mぐらい掘り下がっていたそうです。
ここから武蔵田中までは400mぐらい。
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武蔵田中駅付近もモニュメントがあります。
 
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ここで現在の新奥多摩街道に沿って進みます。
直進方向に
砂利線があったそうです。
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東京環状をしばらく進んで、JA東京のあたりに
南拝島の駅があったそうです。
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しばらく行くと、進行方向右に再び五鉄通りが現れます。
拝島までは鉄道跡らしい道が続きます。
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拝島駅近くの駐輪場。ここから直線で拝島に。
このあたりでトロッコと交差していたそうです。
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向かって左側。この下を砂利を運搬するトロッコが
走っていたそうです。
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向かって右側。砂利は拝島駅に運ばれていたそうです。
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ようやく、拝島駅に到着しました。駅前は工事中、
以前の姿をどこかに記録しておきたいですね。
 
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拝島駅の五日市線ホームの立川方向に五日市線の
起点があります。大正14年4月21日開業とあります。