インタビュー

応援立川インタビュー 清水市長に聞く気持ちひとつに、
今が頑張りどころです

多摩随一の商業都市。多くの人が集まり動く立川で、
自粛が解ける6月1日までの感染者数は14名。
各市事情はいろいろありますが、
この数字は市民の頑張りを表しているのでは? 
清水庄平市長にお話をうかがいました。



――自粛が解けました。いろいろ大きなイベントは無くなりましたが。
市長 大事なのは命です。職員にはいつも言っていることですが、何をどうしてもいいけれど、命が最優先。守るべきはひとりひとりの命です。

――昼間の人口がこれだけ多い立川で、よく感染者数が14 名で抑えられましたね。
市長 いや、本当に皆さんがよく気にしてくださったおかげです。

――飲食店などは疲弊して、辛いと口にしない店舗でもその辛い状況はよく伝わってきます。
市長 本当にそうですね。そのためにいろいろな会社が、運転資金が足りなくなってお金を借りなければならなくなった時、その金利部分を補填してきましたし、6月からは、売上が一定額以上減少した中小事業者が負担する家賃について40万円を上限として、また複数の事業所を経営している場合には200万円を上限として支援金を出すことにしました。辛いけれど、頑張りどころですね。新しい生活様式を定着させて、お互いに工夫しながら、再び賑わいを取り戻しましょう。

――そうして何とかこの窮状をしのいでもらいたいということですね。
市長 その通りです。

――立川は大きな街区のオープンや多人数が動く団体などもあり、市長としては人の動きを心配されていたのではないですか?
市長 もちろん心配していました。人の動きによる感染の心配もありましたが、人が集まらないことによる大きな穴も心配していました。けれど、そこはさすがでした。ルールを守り感染を拡大しない努力の中で自粛解除を迎えました。私は恵まれています。私は終戦の日の少し前に生まれたのですが、母は部屋と防空壕を行ったり来たりしていたそうです。防空壕の中で生むわけにはいかないから、いざとなったらこの子と一緒にどうなっても仕方ないと覚悟を決めていたとよく聞かされました。人それぞれ、人生の中には1度や2度、命がけでやる、あるいは命がかかっても仕方ない、ここが頑張りどころだと感じる瞬間があるのではないでしょうか。この度は私自身も頑張りどころでした。まだ終わったわけではありませんが。

――第二波と言われますが、この後、みなさんに何を伝えたいですか。
市長 経験がある分、行政としては迅速に対応できるかなと思っているわけで、市民とひとつ心で対処したいですね。人生におけるこのような危機には、みんなで一緒に頑張ってもらわないとなりません。利子補給や家賃負担への支援などはできますが、お店の運営を代わることはできません。それぞれ皆さんの持っている能力、やる気しかないわけです。最初が頑張れたのですから、次もなんとか乗り越えていただきたいです。皆さんが楽しみにしていたお祭りなどは、それこそが辛抱。先を楽しみに耐えていただきたいですね。ここで頑張れば、来年2倍楽しいのではないでしょうか。

――地元メディアに望むことは?
市長 現状をどんどん発信してもらいたい。そうすることで我々にも現状が伝わって来るし、苦しんでいる人も同じ苦しみを持っている人の存在を知ることができます。孤立しない、させない。そこが頑張りの燃料になるやもしれません。立川の発展を見ればわかるように、力強く頑張ってきた人たちが集まっているのです。立川を含む多摩26市の市長会では立川の発展の秘訣をよく聞かれます。が、それは一重に皆さんの頑張りだけなのです。もともと頑張る力を持っている人たちが作り上げてきた街だからこそ、なのです。自負と希望をもって、この先も乗り越えていただきたいです。地元メディアのみなさんには、そうした街の中の1つひとつの頑張りをどんどん発信していってもらいたいですね。それがまた活性化につながりますので、よろしくお願いします。