インタビュー

優しく、強く。青山学院大学 陸上競技部 町田寮 寮母 原 美穂さん

原 美穂さんプロフィール

1967年 広島県出身。
1993年 中国電力で営業マンだった原 晋氏と結婚。
2004年 原 晋氏が青山学院大学 陸上競技部
長距離監督に 就任、同時に町田市に出来た
選手寮の寮母に。
2008年 監督とチーム作りに取り組む中、33年ぶりに
箱根駅伝予選会を突破、本戦にも出場。
2015年 第91回箱根駅伝初優勝の土台として貢献。
初優勝された時のインタビュー(2015.2.14)より

沢山の声援と祝福につつまれた、優勝の瞬間。

緊張などに押しつぶされることもなく、みんなそれぞれに実力とプラスαの力を出せた。ムードが良かったのもあるんでしょうね。寮に来て数年は予選会にも出られない。箱根に出られたらうれしい、そんな状態だったので。優勝は夢。往路の結果に少し安心して、あっさり観られるかなと思っていたけど、やはり最後。フィニッシュに向かって走ってくるのを見ていたらジーンときました。色々なこと思い出したり、本当に優勝なんだなって。後は、ゆっくりかみしめる間もなく……

何をするかわからないけど、やるしかなかった。

私自身、陸上競技を全く知らなかったし、結婚してそれまでは専業主婦でしたから。もちろん、競技に口をはさめる立場でもないですし。練習の部分は監督がすべて行って、生活の部分でのサポートを私がやっていこうと。

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今はどちらの両親も喜んでくれていますけど、最初はみんな反対していました。 親にとっては、やはり地元の大企業にいることが一番なんでしょう。監督というのも初めは契約で、いつダメになるかもわからない。 結局、中国電力という安定企業を蹴って、家財道具も全部持って。戻るところもないという中で、この寮に来た。だからって、すごい覚悟をしてたわけじゃないんです。 出来るかな、こんなので大丈夫かな…正直、不安はありました。

3年間くらいは考えながら、 考えながら進んでいった。

監督も今くらいのキャリアがあれば、違うのかもしれませんけど。 当時は周りも「誰なの?この人」「本当に出来るの?」って感じで。たとえば前の監督がいるところに入ったなら、そのマニュアルを引き継ぐことも出来たでしょうけど。本当に何もない、スタッフもいないという状態で。これをこうしていこうとかとても思えない、毎日、何かしていくことだけで必死だった気がします。

子供が好き。幼稚園や小学校の先生になりたかった。

みんなの世話をするということでは、どこか通じているかもしれないですね。小学生や中学生くらいならまだ想像がつくんですけどいきなり大学生の男の子たちっていうのが…。どういうジャンル?って(笑)

当時は学生たちもとまどったと思いますよ。そんなベテランでもない、年齢も中途半端な36才くらいの夫婦がやって来て「明日から頑張ろう」と言われても、ね。 大丈夫かなぁ? って感じの子たちに、とにかくわかってもらいたいたくて。部をまとめるという部分では、今以上に気を配っていた気がします。 まだ20数名でしたけど、まんべんなく声をかけて話をしていくうちに、色々な性格の子がいるなというのがわかってきて。情もわいてくるし、相手が何をしてほしいのか考え始めたり。

この子たち一人ひとりに、お父さんやお母さん、大切な人がいて、 そういう子を預かっていると思うと、誰に対しても平等を心がけないといけないと。私が何か言うことによって変わるとかではなくて、聞いてもらいたいという気持ちを聞いてあげたかった。それは今もそう。そして、その子のいい所をちゃんとホメてあげたい。

監督と私がいる環境での寮生活が、
ひとつのカラー。

1年生から4年間育ててきた子たちが、今は新入生を指導してくれるという形が自然に出来てきています。何もしなくても、いなくちゃいけない存在ってありますよね。私が言うのも変ですが、監督と私がいる環境での寮生活というのが、うちのカラーになっているのかなって。0からそれを作り上げられたのは、よかったと今は思います。いずれ私たちも世代交代する時がきますけど、あと10年くらいは。それまでに選手が育ち、監督になる人が育ってくれたらと。

◆「もったいなくて、なかなか着けられない」
5月の美穂さんの誕生日に、寮生のみんなでプレゼントしてくれたというエプロンで。

最初は怒れなかった。でも今は“子供”って感覚で。

もちろん多少のことじゃ怒りませんよ。何回も同じことをしたり、自分だけラクしようとするのが見え隠れした時はもう。これは下級生にやらせればいいや、こいつは弱いからいいやとか。私がキレる前に学生たちも、あ! 奥さんくるなってわかるみたいで。先に「ああ、わかりました、わかりました、すみません」って。機嫌悪そうだなって時には、みんな寄ってきませんし(笑)

思いやりがあって、自分を持ってる女性がいい。

よくうちのチームは明るいって言われるんですけど、他はどうなんでしょう、同じ年頃の男の子ですしね。毎日、朝と夜、ご飯食べている時がたぶんみんな一番リラックスしてる時間帯なんです。彼女がああしたこうした…言っちゃいけないことも、ポロッと言っちゃったり(笑)。私も「それはあんたが悪いんじゃないの。もっとこういう風にしなきゃ」って。陸上選手にとってというより、こういう女性がいいんじゃないかなって思うのは、 自分の意見もちゃんと言える人。あなたの言うことに全部従うわというのじゃなくて、個として向き合える、そういう人とならお互い成長できるのかな。

自分が正しいと思うことをしてほしい

みんな、あっという間に順応しますよね。寮にきた時は幼かったのが、だんだん大人っぽくなって、最後は就職活動などをしながら4年生で終わっていく。学生にとってもこの大学生活、寮での4年間はとても貴重だと思うんです。

お父さん、お母さんより身近にそうした変化も見させてもらって、有り難いなって。「立派になりました」ってご両親に喜んで頂けるとうれしいですね。4年間、同じことばかり…。朝5時半に起きて走って、学校へ行ってまた走って。それを365日の355日くらい。すごいと思う。そういう4年間をやり遂げたってことを、箱根を走った子も、走らなかった子も誇りにして。変な権力なんかに押しつぶされないで、自分が正しいと思うことをしてほしいと思います。

選手たちを育てながら育てられている

監督と私の性格って正反対なんですよ。ここは重要でしょう、と私の中で思うようなことがあって。練習についてはほとんど口をはさみませんけど、選手を見ていく上での子育て的なこと、そういうのはちょっと言うこともあります。そこで監督とケンカになることも。廊下で言い合ってると、みんな筒抜けなんです。学生たちから「ケンカしてましたね」「奥さん叫んでましたね」って(笑)

ケンカの原因の90%は学生についての話ですね。子供たちをどうやって強くさせよう、どう動かそう、監督も悩みながら考える中で今ならわかる、ということがあったり。人間的にも成長させられているなって。

監督は、他の意見を素直に聞ける人。

たとえば私のような素人が、練習についてチョロっと言ったとしますよね。それもちゃんと聞いて、自分の中で変化させるというか。普通は「そんなの関係ないだろう、俺が見てるんだから。また素人が言って」ってなると思うんです。素人の言うことだから、もちろんそのまま取り入れたりはしないんですけど、何か入ってる気がするんです。

聞いていないようで聞いている。うまく人のいいところを盗むんですね。あれって結局、私が言ったこと?っていうのが、よくあります。でもそれが出来るのは、自分の中に取り入れて好転しているから。そこが監督のいいところだと。

今まで通りにやっていきたい、それが目標。

ずっと挑戦者って気持ちで続けてきて後退はしていないと思います。最初は、ああ…ってストレスも時々ありましたし。他にも色々な人生があったかなと思うんですけど。でも普通は味わえないでしょう。人との出会い、物事との出会い…色々な人の人生に携わることが出来て、今はよかったって思います。

勝負は時の運みたいなところもあるし、優勝だけがすべてじゃない。これからも奢ることなく精いっぱい頑張って、それでもダメだったならいいんです。11年間、一生懸命とり組んで、少しずつ積みあがってきた今が、とてもいい状態。さらに頑張りたいとは言わない(笑) このまま、今まで通り、継続していきたいというのが目標です。

◆寮での仕事がひと段落する、お昼から夕方までの時間、ジムで仲間と話したり、トレーニングしたり。
「汗をかかないと、逆にストレスがたまるようになった。」時には夜、友達と食事を、そんなささやかな息抜きも。

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by T.I