インタビュー

東日本なら大丈夫?
マダニが媒介するSFTSウイルス国立感染症研究所 ウイルス第一部 部長 西條政幸先生

夏休み。
野へ山へ、あるいは地方へ帰省する方も。

見つかったばかりの感染症SFTSについて、
話を聞いてから出かけよう。

国立感染症研究所 ウイルス第一部 部長 西條政幸 先生

''

国立感染症研究所 ウイルス第一部 部長
医学博士。小児科医として勤務した後、1995年6月から1年間JICAザンビア感染症対策プロジェクトに参画。1997年4月から感染研勤務。2010年10月よりウイルス第一部部長。研究領域は、ウイルス性出血熱の診断と疫学、天然痘ワクチンやサル痘ウイルス感染症、単純ヘルペスウイルス感染症、小児の呼吸器ウイルス感染症、等。

編集部

感染研村山庁舎(武蔵村山市)の市民セミナーでは、4月に西條先生のSFTS、重症熱性血小板減少症候群についてのお話をうかがいました。マダニが媒介する病気とテレビで報道されるようになって、犬の散歩でも怖いなと感じていました。先生はマダニのご専門なんですか?

西條

いえいえ、ウイルスが原因となる病気の専門です。マダニの専門家ではないです(笑)。

編集部

病気のご専門なんですね。市民セミナーの際、SFTSウイルスは東京都心地域では心配ないとうかがいました。九州とか四国、広島の方に多いそうですが、それはなぜですか?

西條

西側の地域は、ウイルスを持っているマダニの割合が高い可能性があります。SFTSウイルスが自然界に存在するには、マダニだけではなく哺乳動物の存在が必要で、マダニと動物といったサイクルの中でウイルスが維持されています。まだ,理由は分かりませんが西日本の方がリスクが高いということです。

編集部

気候風土がウイルスの生息に適している、動物もいっぱいいて、自然が豊かだとか‥

西條

そうです。
自然が豊かだということです。

編集部

同じように自然が豊かでも、東北とか北海道にはいないんですね。

''

西條

ブラキストン線というのがあって、津軽海峡を境にして生息するものが変わるので、北海道にはいないと思います。本州は、ここは多い、ここは少ないというように、SFTSウイルスをもつマダニの多いところと少ないところがあって,概して北の方では少ないのではないかと思っています。今後の調査研究が必要です。

編集部

では、まったく気にしなくていいということでもないんですね。

西條

東日本は、マダニに噛まれたことによるSFTSウイルスの感染リスクが西日本に比べて低いということであって、まだこの病気も見つかって半年ですから、これからなんです。それに、抗菌薬で治療可能な日本紅斑熱とかツツガムシ病などもあります。東京の人も決して他人事ではないんです。

編集部

ダニってすごいんですよね。一度くっついたら離れない。

西條

そうなんですよ。動物だけじゃなくて、人間にも同じです。
噛み付いたところでセメント質みたいなものを出して離れないようにする。
ここまでいっちゃったら皮膚科の先生にちゃんと取ってもらった方がいいですね。

編集部

市民セミナーでは、症例を全国のお医者さんから集めているとおっしゃっていました。

西條

あれは4月でしたか?あの段階で過去の患者さんは8名でしたが、今、トータルで12名わかっています。今年になってまた患者さんが10名出て、このペースでいくと今年はまだ予測はつかないけれど、三桁の可能性もあります。

編集部

え!?

''

西條

それも重たい患者さんだけです。この病気は自然界に存在するもので、無くすことはできません。
マダニをなんとかするということは無理で、それが可能になる時は人間すら生きていけない状況になっています。マダニが生きていけるということは実は自然豊かなわけで、人間がこの環境で生活する以上、もうこの病気から逃げられない。
この病気に感染するのはマダニに因ってですから、それならどうやってマダニに噛まれないようにするか、マダニに噛まれた時にどう対処するか、または仕事柄、例えば農作業している人や猟師とか、リスクの高い仕事に就いている人が受けることのできるワクチンを開発して準備するとかね。そういうことが重要だと思います。

編集部

ワクチン! 開発は先生のところでなさるんですか?

西條

研究は始まります。効くだろうというワクチンの開発はできても、ワクチンを実際に人間に使う時には安全であることと効果があることを示す必要があります。
そこがなかなかむずかしいんです。ワクチンの開発ができても、ワクチンを作るメーカーが興味をもたないと‥。採算が合わなかったら作れないでしょ。
ですから実際に人に使えるワクチン開発というのは、実はかなりハードルが高いのです。多くの人が受けるワクチンだったら採算性があるんだけれど、1年間に1000人くらいしか受けないワクチンなら、作るコストの方がべらぼうに高いわけです。

編集部

西日本の一部の人だけとなると、ワクチンは相当むずかしいですね。では、マダニに噛まれないようにするにはどうしたらいいかという個人的予防対策の方が先ですね。

西條

それが簡単でもないんです。例えば農作業する人が家族にいたら、家に入る前にマダニがついていないかどうか、注意して見ることが効果あります。そういうことの繰り返しが求められる。

編集部

う~ん。
でも、マダニって血を吸うとすごく大きくなるけれど、血を吸う前は小さくてわからない。

西條

そう。幼ダニ、若ダニ、成ダニといって、成ダニが4-5ミリくらいなんですが、血を吸うと1センチくらいになります。最近の患者さんでわかったんですが、中国からの報告ではフタトゲチマダニとオオシマダニというマダニがウイルスを持っているとされていました。しかし、日本ではタカサゴキララマダニというダニに噛まれて発症している人がいるので、日本では中国の場合と異なる感染を起こす独自のマダニが存在するのかもしれません。

編集部

中国とは別物ということですか?

''

西條

別物かもしれないし、あるいは同じものがあっても中国でわかっていないだけかもしれない。
でも日本ではまちがいなくタカサゴキララマダニで感染している人がいます。マダニがついているので取ってくれという人の9割くらいはタカサゴキララマダニで、人につきやすいマダニのようです。

編集部

では、もし噛まれてしまった場合、どうしたらいいのですか?

西條

噛まれた場合何%の人が病気になるかというのも、今後調べていかないとわからない。現実には多くは発症しない。噛まれて発症するのは、一握りです。

編集部

それじゃあ、ますますマダニ媒介の病気とはわかりにくいですね。お医者さんだって知らない人もいるんじゃないでしょうか。

西條

その可能性はあります、まだまだ。
感染症には、実はあまり多くの医師は興味を持っていません。抗菌薬の治療で感染症は治ることが多いし、軽いものもむしろ多い。細菌性の感染症は抗菌薬で治るでしょ?

編集部

風邪も感染症ですよね?

西條

そうです。ウイルスによる感染症ですが、風邪こそ原因となるウイルスか十分わかっていません。調べる方がお金かかって大変なんで調べないんです。
ところが、このSFTSは治る人もいるけれど、死亡率が極めて高い。

編集部

急性期の峠を越えてしまえば大丈夫とおっしゃっていましたね。

西條

後遺症なく治るようです。
しかし、これも最近わかったのですが、急性期に意識障害など大変な思いをした患者さんは、完治した後、いわゆる心の病でつらい思いをすることが多いんです。その対処を今後考えていかなければならないですね。

編集部

生死の境を越えるというのは、なかなか難しいですね。

''

西條

そうですね。今診ているのは重い患者さんばかりですが、今後軽い患者さんも調べていけば、またいろいろなことがわかってくると思います。

編集部

ちょっと話は変わりますが、ウイルス感染って、たとえばヘルペスなどはなぜ何度も繰り返すんでしょう?

西條

一度感染するとウイルスが体内に潜んでいて、体調が悪くなるとまた出てくるんです。
でも出てくることがいいのであって、痛いとか辛いとかあるかもしれないけれど、そのおかげでまた免疫力が強くなる。
動物由来ではない、風邪とかね、インフルエンザも含めて、ウイルス感染というのは実はあまり悪いものではないんです。健康を維持するためにはかかっておかなければならないんです。

編集部

実は私の子供は3歳で帯状疱疹になったんです。
生後4ヶ月で水疱瘡をして、水疱がいくつかしかでなかったんですが。

西條

水疱瘡になった人はそのウイルスをみんな持っていて、免疫力が低下したりすると帯状疱疹になってでてくるんです。水疱瘡にはもうならないけれど、帯状疱疹は繰り返します。
歳とって帯状疱疹になると、それに孫が移って水疱瘡になったりするから、ウイルス感染なんて親子の愛情のつながりみたいなものです。

編集部

では、あまり怖がらないでかかったほうがいいんですね。では予防接種は?

西條

水疱瘡などは予防接種した方が跡が残らない。予防接種をしても感染は防げない場合もあります。でも症状は必ず軽くなります。
大人になって発症すると肺炎になったりして大変な思いをします。なんでも子どものうちに予防接種した方がいいですよ。

編集部

でも、予防接種に関しては今、いろいろ言われていますよね。
おたふくもMMRだった時、髄膜炎の危険性が言われて躊躇する親も多かったし、子宮頸癌ワクチンについても推奨されないことになりました。

西條

MMRの頃、僕も当時小児科の医師でしたが、髄膜炎になって入院した子もいましたよ。
予防接種をしておくと、罹患しても症状が軽くて済むんです。
おたふくにしても実際にかかってしまった時の後遺症より副作用の方が軽いんです。はしかの場合には死んでしまうこともありますから。
副作用のないワクチンはないですから、副作用を恐れてこれらのワクチンを打たないというのは本当は理由にならないんです。でも、それをちゃんと説明してくれるお医者さんがいないといけないですよね。

2013年6月10日 国立感染症研究所 戸山庁舎