インタビュー

「統計思考院」院長、副院長にきく
わかりにくいけど、すごかった!思考院 院長 中野純司氏、副院長 川﨑能典氏

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緑町にある大学共同利用機関のひとつ、
統計数理研究所に2011年11月「統計思考院」なるものが設立された。
統数研自体がよくわからない一般人、思考院と言われてもまったくもってわからない。
初歩的な質問ばかりかもしれないが、ざっくばらんにきいてみた。

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思考院院長 中野純司先生

編集部

思考院の設立についてうかがう前に、「大学に統計学を専門に学ぶ学部がない」というのは本当ですか?

川﨑

本当です。ここを除けば名前に統計学と冠した学部学科としてはないですね。

中野

基本的には大学に統計学部というのはないです。統計学を専門に教育する機関もほとんどない。

編集部

それはなぜですか?

中野

統計学にはデータが必要で、データの出自はいろいろです。社会学であったり、経済学から起こったり、生物学であったり遺伝学であったり。それが統計学としてまとまったのは1900年代初頭くらいです。日本でも工学系、医学系、経済系の先生が必要性を感じられて、自分の所属するところで弟子を育てる形になりました。ですからいろいろな学部でバラバラにやられているのが現状です。残念ながらそれらの先生がまとまって学部学科を作るという動きが、ごく最近までなかったんです。

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副院長 川﨑能典先生

編集部

ちなみに先生方のご専門は?

中野

僕は東大の工学部出身で、

川﨑

私は東大の経済学部出身です。

編集部

ではここにいらっしゃる先生方はみなさんバラバラなんですか?

中野

川﨑

バラバラです。

中野

ここは出身がおもしろいですよ。僕は出身が工学部で博士号は理学博士をもっています。ここへ来る前は経済学部で働いていました(笑)。

編集部

それは、オールマイティって考えればいいんですか?

中野

っていうか、どこででも必要とされているのは確かだと思います。
ただ主流にはなれなかった(笑)。

編集部

主流になれないとは?

中野

経済学部なら、やはり経済の人が主流です。

川﨑

サイエンスの進歩は、新しい観測機器ができるとかして、新しい発見がある、って考えるのが自然な形です。では統計学が役に立つシチュエーションは? 今ある最髙の観測機器でデータを取ったけれども、それでも物事がクリアに見えない、何かノイズが混じっているとか、あるいは取ろうと思ってもそもそもデータが部分的にしか取れないとか、そういう時に統計処理をすると物事がピッときれいに見えてくる。しかし、観測機器そのものが大幅に進歩してしまえば、そういった統計処理はいらないかもしれない。そういうポジショニングだと主流にはならないですよね。

編集部

でも世界は統計学の重要性はわかっていて、学部学科もあったりする。なぜ日本は遅れているのですか?

中野

いろいろな理由があるでしょうが、僕の個人的感想では、日本人ははっきり物を言うのがきらいだから、数字が出てくるとあんまりよろしくない。日本人は勘ピューターとコンピューターなら勘ピューターの方が好きですよね。

川﨑

それと、日本は近代国家への道を歩む段階で大学制度をドイツから学んだのですが、当時のドイツでは統計学を社会科学の1分野として位置づけていた。そんなカラーを日本も明治時代に引き継いだ。もちろんそれはとても重要で、国の経済を考える時に、国民の数とか年齢構成などの人口統計をとることが課税の基本になります。
そういった社会統計的側面は大事なんですが、日本でも社会科学の1分野としておかれた。最初から理科系の、数学の応用と言う形で位置づけられていたら流れはだいぶ違ったんじゃないかなと思います。

編集部

なるほど。では、次に思考院設立の目的を教えて頂けますか?

中野

ひとつには社会への還元です。もうひとつには統数研のやっていることを広く知ってもらうため。
一方我々には統計の知識を広げないと日本は危ないのではないかという危機感がありまして、できる範囲で人材育成をやろうと。ですから3つめの目的は人材育成のため。その3つをメインにした思考院を立ち上げたわけです。

思考院看板 除幕式 2011年11月2日

編集部

所長のお話からも人材育成に力をいれていかれるんだなというのはわかりました。

中野

今は就職が厳しいですよね。若い研究者の行き場所が以前より狭くなっている。
研究者の方にもいろいろな分野に進出してもらいたいんですが、非常に純粋な人が多いので、理論だけやりたいとか人と話すのが得意じゃないとか、理科系の研究者は特にそうなんです。
ですから思考院みたいなところで、人とのコミュニケーション能力を磨いてもらっていろいろな分野で活躍できる人になってもらいたいと。人材育成のひとつはそれですね。

川﨑

統計数理研究所は大学共同利用機関ですので、言ってみれば大学の先生方にサービスを行う機関です。
個々の先生方が研究において困っておられること、特に統計的なデータ処理やモデルの作成で困っていることがあれば我々がお手伝いしますよと。
博士課程を終えたばかりの若い人たちに思考院に研究員として在籍してもらう中で、クライアントと一緒に問題を議論していけばコミュニケーション能力がおそらく上がって行くだろうと期待しているわけです。

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編集部

思考院のお客さんというか生徒?は大学の先生なんですね?

中野

いや、メインは大学の先生ということですが、思考院はもっと幅広いです。企業の方、一般の行政の方も。例えばある市でこういうデータを集めたんだけれど、これでこう言っていいんですかというような質問もあります。そういう場合には統計的にはシンプルな問題なので若い人にやっていただいて、人材育成の場としていきたいと考えています。

川﨑

昔は各研究室で先生がやっている研究をみんな真似て人材育成ができていたんです。
最近は統計学や数理科学を取り巻く環境が変わって来ている。データをとって保管しておくコストが非常に安くなってきたんです。業務データの一部として膨大なデータが蓄積されている。手法は仮にシンプルでもその巨大データに直接統計的処理をすると、驚くほどの知識発見ができる。そんな側面が今重要視されてきています。
大きいデータの場合、統計解析と一口に言ってもいろいろな技術を持った人間が必要で、複数の人間がうまく協調してようやく大規模データの解析ができます。そういったデータ解析の教育をしてくれるところはうちの研究所をおいて他にはないと思うんですよね。

編集部

他にはないというのはすごいですね。でも何か地味でわかりにくいところですよね(笑)。

中野

形にして見せるものがなかなかありませんからね~。
ある意味統計学というのは曖昧な所がずっと残るので、最終的な決断は本人の価値観によるんです。統計学でできるのは不確定性をある程度数量化するということ。統計学で絶対的なことは言えない。確率的な言明しかできず、本人が一生懸命考えることを要求してきます。こっちに権威があるわけではなくて、材料を提供できる。材料を提供されたらそれを本人が判断しないといけないんです。
日本人って自分が判断するのが結構苦手で権威に従う所がありますよね。起こるのか起こらないのかはっきりせいと言われますが、それはあり得ないんです。

編集部

でも未来予測はある程度できるわけですよね?

中野

できますよ、ある程度。そのある程度というところをきっちり数値化して見せた時に、はっきりしたことを言うのは簡単なんですよ。「未来はどうなるかわからない」これが一番はっきりしています。

編集部

言えることは「傾向」なんですね?

中野

川﨑

そうです、そうです。

中野

それが確率的で、数字を伴っているということです。昔はデータをとるのが大変でしたから、データを持っている人が偉かった。政府が経済データを持っていて政府以外はアクセスできなかったし、どんなデータも持っていることが大切で、それを外に出さなかったんです。だから論文書いても嘘が見抜けなかった。今はデータが溢れていて、データをパブリッシュするのが楽です。そんな状況ですからデータを処理するという意味での統計学が今はすごく要求されています。データも大量データになっているので、統計学自身もちょっとずつ変わっています。

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川﨑

今はデータもたくさんあって、たくさんあれば法則があるとするなら見えやすい。使いやすい公式に落とし込むために、合ってるかどうかわからない数学的仮定を置かなくてもいいわけです。ダイレクトに計算機を使って推論すれば傾向は見えてくる。1950~60年代頃と今とでは統計学そのものが随分違って来ています。

編集部

学習指導要領に統計が入ったと聞きましたが、私が小学生の頃、このグラフから読み取れる事を述べなさいっていうのありましたよ。

中野

ありましたよ。

川﨑

ありましたよ。そこから急激に無くなっていったんです。ゆとり教育の中でそういうところから切られていきました。

中野

統計って、試験が作りにくいんですよ。まるバツがつけにくい。

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編集部

何を答えてもあっているみたいな問題になっちゃうんですね。以前、食品関係のデータを毎年更新していたデータ本があったんですが、私はその本でアンケートの結果にコメントを書いていたことがあります。結果から読み取る消費者の傾向です。

川﨑

きついっすね~。

中野

データを見て情報をちゃんと判断するのですからまさにそれが統計学です。その時にもう少し数字をちゃんと入れるとかすると完全な統計学です。

編集部

小学校で基本を習っただけで、統計学をちゃんとやったことなくても仕事になっていたんですけど。

川﨑

いや、だから統計的思考というのは人間の推論の形としてはきわめて自然なものだっていうことなんですよ。

編集部

子どもたちがやるにはおもしろいですよ!
最近の中高一貫校の入試では重要視されているみたいだし。

中野

おもしろいですよ。でも先生がきつい。教材を用意するのがとても大変だと思います。

編集部

同じ大学共同利用機関の極地研がやっている南極教室のようなものはなさらないのですか?直接統数研が子どもと触れ合うような。

中野

う~ん。今まではやっていないですね。

編集部

先日の式典では立川市の教育長もやりましょうみたいなお話をなさっていましたよね?

川﨑

そうですね。

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中野

検討課題ですね。私たちの立ち位置としては大学共同利用機関ですから、初等教育ばかりに力をかけるということはできないんですけれども、考えるべき課題ではありますよね。統計科学の推進に貢献するというのは1つの目的ですから。でもメインはやはり高等機関ですね。

編集部

それは当然ですよね(笑)。都立高校でもトップレベルの高校、たとえば 八王子東高校とか立川高校、国立高校といったところなどの生徒さんは興味があるんじゃないでしょうか?

川﨑

まあ、今の高校生がどのくらいおおらかに勉強しているかということにもよります。そのくらいの年齢だと、受験を意識しますよね。「それ何の役にたつの?」っていう意見が出てくんじゃないかな。もっとおおらかにみてもらわないと(笑)、こちらが何か提供しても楽しめないと思いますよ。