インタビュー

オゾンホールに学ぶ
観測を続けることが明日につながる国立極地研究所 研究教育系宙空圏研究グループ 助教 冨川喜弘氏

国立極地研究所・研究教育系宙空圏研究グループ・助教
冨川 喜弘さん

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フィールド系の先生が多い中に異色の存在。埼玉県出身。
超難関私立中高一貫校から東京大学理学部へ。東京大学大学院博士課程を修了してトロント大学理学部へ留学。大学院生の頃から極地研と関わりをもつ。
山もやらないし、スポーツもしない。乗り物にも弱い。「50年前の南極なら確実に死んでましたね。快適な環境、揺れない〈しらせ〉になって本当によかった」そうだ。でも南極は未体験。

フロンガス、オゾンホールという言葉が
一般名詞になって久しい。
しかし、その真実はどのくらいの人が知っているのだろう。

地球がオゾン層に包まれていて、
そのオゾン層が破壊されたところから
強烈な紫外線が差してくる。
南極に発生したオゾンホールについて、
改めて専門家にきいてみる。

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面積が過去最大になった2006年10月の南極オゾンホールの様子。
オゾン全量の分布を描いており、紫線で囲まれた領域がオゾンホール、
赤い星は昭和基地の場所。

編集部

オゾンホールはいつ見つかったのですか?

冨川

1984年、極地研の雑誌に忠鉢繁さんが最初の報告をしています。が、翌年イギリスの方の報告がネイチャーに掲載されたので、そっちの方が有名です。ネイチャーは世界中の人が読みますから。現在では同じ時期に独立して双方が見つけたということになっています。当時はオゾンホールの基準を満たす場所が少し存在する程度だったのですが、90年代中盤くらいまでに一気に大きくなってしまいました。

編集部

全部フロンのせいなのですか?

冨川

全部ではないです。上空の強い紫外線でフロンが壊れると塩素が出て、その塩素がオゾンを破壊するのですが、塩素と性質の似ている臭素を含んだハロンというものも結構ききます。

編集部

冷蔵庫の冷却剤とかスプレー、その小さなものの積み重ねがオゾンを壊した? つまり私たちみんなが犯人ですか?

冨川

そうです。工業化前、フロンは自然には存在しなかったんですよ。全部人間が作ったんです。

編集部

でも当時は大発明ですよね?

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オゾンゾンデ観測用のアンテナを組み立てているところ。

冨川

はい。地面付近だと安定で全然壊れないからこそ、他の物質と一緒にスプレーに入れても大丈夫。人体にも無害ということですごく重宝された。

編集部

そしてオゾンホールが1984年に見つかって、人類は使うのをやめた。

冨川

モントリオール議定書が発効したのは1989年なんです。その後1、2年に1回締約国会合で規制がだんだん強化され、規制される種類も増えました。フロンにも実はたくさん種類があって、最初はその中の3つだけ。その後フロン以外にもオゾン破壊に絡むものは規制され、世界中、今作っているところはほとんどないはずです。

編集部

オゾンホールは回復するのですか?

冨川

回復するはずですが、最新の予測では2060年から75年の間に1980年の状態に戻るだろうと言われています。それもそのときになってみないとわかりません。

編集部

もっと直接的にオゾンホール回復に手は下せないのですか?

冨川

僕も大学生の時に同じことを考えて先生に質問したことがあるんです(笑)。でも無理ですね。ちょっと難しいんですが、例えばオゾンが100減りました。では100作れば元に戻るんですかっていうとそうではない。大雑把に言うと、常に1万作りながら1万壊れているようなもの。だからオゾンを多く作る状態をずっと続けなければいけない。それを止めたらまた元に戻ってしまうんです。対処療法は効かない。根本的にやらなければ。

編集部

むずかしいんですね。オゾンホールは移動すると聞きましたが。

冨川

邪魔するもののない上空では50m/秒くらいの風が吹いています。その風が蛇行して、それに乗ってふだんは極の周りを同心円状に回っているオゾンホールも時々移動してアルゼンチンの上などにかかってしまう。そうするとその時だけアルゼンチンの地上にすごくたくさんの紫外線が降って来て人体に悪影響を及ぼすわけです。オゾンホールが発生するのは9月とか10月なんですが、その時太陽の位置が南極では真横なんです。真上からくると紫外線量は大変なことになってしまいます。アルゼンチンに移動したりすると昼間は真上から来ますからね。

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滋賀県信楽町の京都大学信楽MU観測所に
設置されているMUレーダー。
475本のアンテナが設置されている。
南極大型大気レーダーのモデルになったレーダー。

編集部

今は南極だけの問題ですよね?

冨川

北極にも少しあります。が、南極の大気の気温の方が低いので。

編集部

気温はオゾンホールと関係があるのですか?

冨川

オゾンホールと一言で言いますが、毎年違うんです。大きくなったり小さくなったりを繰り返していて。それはなぜかと言えば、上空の気温。気温が高いとオゾンホールは発生しにくいです。低い方が発生しやすい。

編集部

上空の温度は何で決まるのですか?

冨川

太陽からの紫外線をオゾンが吸収して温度を上げる。一方、大気自体が自分で赤外線を出して冷やす。その両者のどちらが強いかで決まります。吸収する方が強ければ温度が上がるし、赤外線を出す方が強ければ温度は下がる。

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観測準備中のオゾンゾンデ。

編集部

地球って不思議! しかもすごくうまくできてる!

冨川

(笑)まったくその通り。惑星探査が最近ホットな話題ですが、それこそ現在の地球のように生物が住むのに適した惑星を探すのは、本当に大変だと思いますよ。46億年前できたばかりの頃の地球にはとうてい住めなかった。海ができて植物が現れて、酸素ができてオゾン層もできてきて。

編集部

そうですね~。地球が温暖化すると上空も温暖化するのですか?

冨川

いえ、地上は暖かくなるけど上空は寒冷化します。だからオゾンホールの回復は遅れる。

編集部

じゃあ、地上が寒冷化すれば上空は温暖化するのですか?

冨川

必ずしもそうとは言えません。

編集部

それじゃあ、現状は悪いことばっかりじゃないですか!下は温暖化して氷が溶けて、温暖化の影響で上は寒冷化してオゾンホールが回復しない。救いはないんですか?

冨川

回復しないは言いすぎで、回復が少し遅れるというのが正しい。ただ、それも温暖化を止めたい理由の1つです。

編集部

先生のなさっている観測や研究は、例えば温暖化の対策等のような、何か具体的にこのためにやっているのだということはあるのですか?

冨川

そこは難しいですね。もちろん、オゾンホールや温暖化の監視のために観測することは大事です。ただ、それがいますぐどこで役にたつのかと言われると困っちゃいます。どこかで何かの役に立つだろうとは思いますけど。

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上記の信楽MU観測所でラジオゾンデという観測装置を気球に結び付けて放球する際の様子。
白い球体がゴム気球、オレンジがパラシュート、手に持っている小さな装置がラジオゾンデ。
ラジオゾンデは、上空の気圧、気温、湿度を測る装置。

編集部

南極大型大気レーダーって、新しいことを始められるんですよね?

冨川

はい、どんな新しいことがわかるのか、今から楽しみです。ただ、このレーダーのような世界初の新しい観測をやるのもものすごく大事なんですけれど、それと同じくらい大事なのが、50年間続けてきた観測を続けるということです。50年続けようと思ったら、50年かかるんです。どんな最新装置を使っても50年前を観測することはできません。1回途切れたら、また1からやり直しです。

編集部

観測って、ゴムの気球を飛ばしたりして子どもの遊びみたいに意外にアナログ。先生ってどんな子ども時代を過ごしたんですか?

冨川

そうだな~。野球を見るのが好きでしたね。というか、打率や防御率を自前で計算したくて算数を覚えたんですよ。5、6歳の頃に朝起きたらカレンダーの裏に九九を書いていたと聞いています。

編集部

すっごーい! 数字が好きなんですね。

冨川

数字は大好きです。それが今のデータ解析につながっているんでしょうね。数字にはなんの苦痛もないです。

編集部

お金の計算も? 先生、儲けるのも得意ですか?

冨川

それはダメです! それは数字が得意とは別です!

北極・ニーオルスン(79N,12E)で撮影したもの。
緑色の縦線はライダーと呼ばれる観測装置のレーザー光線。
横に伸びる緑色の帯はオーロラ。
パラボラアンテナはVLBIという地理観測のためのもの。