インタビュー

ペンギンが見た南極
~最先端バイオロギングが証す真実国立極地研究所 准教授 高橋晃周氏

国立極地研究所 准教授 高橋 晃周さん

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京都府出身。小学生の頃からの鳥好きが高じて、大学は自然の豊かな北海道へ。
北海道で海に潜って餌をとる海鳥類の調査を進めるうちに、南極でのペンギン研究の道が開けた。
これまで昭和基地の他、南極の英国基地、韓国基地で合計7回のペンギン調査を行ってきた。

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ペンギンを嫌いな人はなかなかいない。
立っているだけでかわいい。
マスコットやキャラクターに多用されている。
最近、「これはペンギンが撮った写真」という写真を見せられた。
駅のポスターには、カメラを持つペンギンやスキーをするペンギンがいるが、果たしてこれは?

——極地研に行って聞くしかない。

海鳥の専門家、高橋先生。父親の影響でカワセミやシジュウカラを見て、鳥の観察にはまったのだそう。
北海道大学理学部出身。ヒグマの研究から海鳥の研究へ。大学院修士課程の時には北海道の天売島で海島を調べた。
現在37歳。「楽しいことばかりしてこられて幸運」という。

高橋

学部の頃、北海道の大雪山でキャンプをしながらヒグマの生態を望遠鏡で観察する、といったことをやっていました。でも山の中で2週間キャンプしてようやく1時間観察できるといった程度。もっと観察できる動物を調査したいということで、天売島での海鳥の調査を始めました。でも海鳥は陸で子育てしている時はすぐ近くで観察できるのに、海の上の行動は全くわからない。なんとか調べたいなと思うようになりました。私が修士にいた当時、ペンギンなど体の大きなものにデータロガーという装置をつけて海中での行動の調査がされ始めていました。面白そうだなと感じて極地研へ進学したのがペンギンの研究を始めたきっかけです。

 私が一番知りたいことは、生態系の中の生き物同士のつながりです。例えば北海道の山に上がってくるヒグマの数は年によって大きく変わりますが、それはクマが餌にする松の実の豊凶と連動しています。天売島だと、暖流に乗ってくるカタクチイワシが早い時期から来ると鳥の成長がよくて、イワシの到来が遅いとヒナがバタバタと死んでしまったりする。そういう今まで知られていなかった生態系の中での生き物のつながりを知るのが面白い。南極で調べると、ペンギンとオキアミや海に浮かぶ氷との関連などがわかってきます。

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 今また学生と一緒に日本の海鳥も研究しています。装置が小型化されて、日本の海鳥の調査にも使えるようになりました。鳥の動きを知ることで、彼らがどんな環境を必要としてるかがわかってくる。例えば日本の太平洋側で、海鳥はいろいろな場所で繁殖していますが、餌場はごく狭い海域に限られています。餌になるイワシがよくいるのは、親潮と黒潮の境よりちょっと北の辺り。それが繁殖期の重要な餌場です。冬になると鳥は南の方に移動する。その行く先が不明だったのですが、装置をつけることである種類の海鳥はパプアニューギニア沖まで行って越冬することがわかった。3ヶ月くらい南の海で過ごしてまた日本に戻ってくる。こうした1年間の鳥の動きがわかっていないと、もし鳥の数が減ったとしてもどちらの海の環境が変わったせいなのか、効果的に原因を追求することができませんよね。

南極にいるアホウドリ(マユグロアホウドリという種類で日本にいるアホウドリとは別種)の背中にカメラをつけることで、アホウドリの海上での様子がわかってきた。
繁殖地に戻って来た個体の餌を調べてみると、アホウドリが到底潜れない深さにしかいない魚が入っていたりする。
アホウドリが撮った写真を見ることで、シャチを追いかけてシャチが深海でとったおこぼれの魚を食べているということが分かった。
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高橋

アホウドリとシャチ。一見関係ないように見えるもの同士が実はつながっている。生態系の中でこうしたつながりがわかるのが、研究していて一番楽しい。
大変なこと? あまりありませんが、3、4日に1度しか繁殖地に帰ってこないアホウドリを風がビュービュー吹く崖の上でジッと待っているとか。大変といえば大変です。帰ってきても10分くらいでまた海へ餌とりに飛び立つので、カメラの回収のためには気が抜けません。

 カメラ以外には加速度計。ゲームのWiiの中に入っている加速度センサーと同じです。
アホウドリがほとんど羽ばたかずに風をうまく使って飛んでいる様子などがわかります。広げると2.4mもある大きな翼で南極の強い風をとらえて効率よく広い範囲を飛び回って餌を探すわけです。アホウドリは船にも近づいていくことがあって、まぐろのはえ縄など漁船の仕掛けにかかって溺れてしまう。そうした混獲で南極のアホウドリの数が減っているということが問題になっています。

世界に全部でペンギンは17種類。南極にだけいるのはコウテイペンギンとアデリーペンギンの2種類。
南極周辺やニュージーランド、ガラパゴスなどにもペンギンはいるが、北半球にはいない。
昭和基地周辺にいるのはアデリーペンギン。
JR東日本のSuicaのモデルにもなっていて、日本人がペンギンという時は普通このペンギンを思い浮かべる。
夏は繁殖地で調査できるが、冬にはペンギンが海に行ってしまって調査ができない。
隕石などとは違い、生物は年によって観測結果が変わる。
なぜ以前と違う結果がでてきたのかを調べることで、生態系の仕組みがわかってくる。
そのためには何度も南極へ足を運びデータをとらなければならない。
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高橋

昭和基地に関してはペンギンの数は近年増えています。その理由を突きとめようと来年度の調査を計画しているところです。同じアデリーペンギンでも、南極のもっと北の方の場所では数が減っています。そちらのペンギンが昭和基地へ移動できる距離ではありません。だから別の理由で減っているわけです。ペンギンの数が減っている地域は温暖化が顕著。餌になるオキアミが温暖化で変化し、その影響とも考えられます。餌がとれなくて栄養状態が悪くなると、ヒナは死んでしまいます。

 実はペンギンにも、餌とりの上手いやつと下手なやつがいます。個体識別して記録計をつけ、ペンギンが3週間、1日平均で何時間潜っていたかを調べます。そうすると毎日2時間しか潜らないペンギンもいれば、毎日6時間も潜るペンギンもいるという結果が出ました。手を抜いて暮らしているペンギンと、毎日一生懸命頑張っているペンギン。ところが育てているヒナの成長速度を調べてみると、どちらも変わりはなかった。つまりさぼっているやつは単にさぼっているのではなく、要領よく餌をとっていたことになります。ペンギンはペンギンなりに苦労があるんです。人間も同じですね。私も要領が悪く、毎日遅くまで仕事をする方なので、身につまされます(笑)。

バイオロギングとはバイオ(生物)とロギング(記録)を合わせた、生態を記録するという意味の造語。
当時極地研の教授だった内藤靖彦先生が発案、開発し命名した調査方法。
以前はデジタルではなく、アルミ箔のようなものをダイヤモンドの針でひっかいて記録した。
装置が大きかったのでアザラシのような大きな生物にしかつけられなかったが、小型化され現在は小さな海鳥にもつけられる。
デジタルだから数値で記録され、カメラやプロペラをつけることで映像や速度も計測できる。
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高橋

バイオロギングは私が大学生の頃に内藤先生が始められた調査方法です。小さいけれど業界では名を馳せている東京の会社「リトルレオナルド」に装置を作ってもらっています。今では世界各国が「リトルレオナルド」から装置を調達して使っています。この調査によっていろいろなことがわかってきました。ペンギンは秒速2mで泳ぎ、最大の潜水深度はアデリーペンギンで175m。ひと息で5分くらい潜っています。コウテイペンギンは564m。20分くらい潜ります。ミナミゾウアザラシというアザラシは1926mまで約2時間潜っていたという記録があります。潜水艦なみの潜水深度です。

 ペンギンの背中にカメラをつけて餌をとる様子を撮影しました。結果、海上に氷が少なくなると餌であるオキアミが浅いところには来なくなって、ペンギンにとっては餌とりがむずかしくなってしまうことがわかりました。カメラを使うと、海中での行動の変化がわかるのと同時に、南極の海の氷や餌の状態についても情報が得られます。これからもペンギンの「目線」で南極の生態系の仕組みや長期的な変化を探っていきたいです。

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ペンギンが撮った写真。前を泳ぐ仲間や、1匹ずつオキアミをとる様子がよくわかる。
【資料写真、動画提供:国立極地研究所】