インタビュー

太陽系の歴史をさぐる
- 隕石は遠い過去からの手紙国立極地研究所 研究教育系教授 小島秀康氏

国立極地研究所 研究教育系教授 小島 秀康 さん

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国立極地研究所 研究教育系地圏研究グループ 教授、隕石キュレーター。
南極観測隊が採集した隕石16200個は数が多いだけでなく、ほとんどの隕石種を網羅している世界最大のコレクションのひとつ。これらの隕石すべてを視て、順次分類を進め、その分類学的な特徴を明らかにし、南極隕石データベースを更新し続けている。世界で最も多くの隕石を視ている1人。

長野県出身。
農家の長男で、小学生の頃は学校から帰るとザルを持って近くの川で毎日遊んでいたという。
川の石を集めるのが好きな少年は、親戚を通して南極の石を手にした。
既にこの頃から南極に縁があったのだろうかと回想する。
この11月に出発する第51次隊で5回目の南極となる。

隕石の研究を始めたのは?

最初に南極に行ったときからです。ですから1978年11月に出発した第20次隊から。その時は地質調査と隕石がメインのプロジェクトでした。やまと山脈というところに旅行に行って、約4ヶ月探査をして、3600個ぐらい隕石を見つけました。隕石の探査は本来夏だけで済むのですが、砕氷船しらせが南極に着くのが12月20日過ぎ。それから準備して、現地(隕石を探査する場所)に向けて出発するのが25日辺りになってしまうんですね。現地到着が1月の10日頃。

今度は帰りのしらせが南極を離岸する日が決まっているので、現地で仕事ができるのが20日間くらいしかなくなってしまう。でも越冬すれば3ヶ月くらい調べられるので、ずっと越冬しています。

越冬の間は何をしているのですか?

旅行(隕石の探査)に出かける準備です。今はドラム缶クレーンといって便利なものがありますが、以前はそんなのありませんから100本以上のドラムを手でそりに積んでいました。ドラムとは軽油などの燃料が入った1本約200kgのドラム缶のことです。日本では車の燃費をkm/リットルって表示しますよね。雪上車は燃費が悪いのでリットル/kmって表示するんですよ。大型雪上車だと1km走るのに4リットルくらいかかります。だから1日90km走るとなると、途中で一回燃料補給して、1日ドラム缶2本近く消費してしまうんです。

先月は岩石が太古の地球を語ってくれると教えてもらいました。
隕石を調べると何がわかるんですか?

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Yamato-740077
L6コンドライト
大気圏突入時に空気との摩擦
によって融けた表面の状態が
きれいに残っている隕石。

隕石も岩石なので、地質の一部と考えるとわかりやすいかもしれないです。地質学は一種の歴史学。地球上での一番古い石は40億年くらい前のものですが、太陽系の年齢は46億年。太陽系ができた時に生まれた石が、すぐに死んで、それ以来変化していない。それが隕石です。
地球はというとその隕石と同じような材料が集まって、これだけの大きな星になり、プレートテクトニクスがあって、地表の大陸は移動して合体と分裂を繰り返してきた。ですから、本当の意味で古い岩石はほとんど表面に残っていません。マントルの中に沈み込んでしまって、リセットされて新しい溶けた状態になってしまう。40億年より前のことを調べようとすれば、地球外の隕石を主とする岩石を調べなければいけないということです。そういう意味でいえば、隕石は「過去からの手紙」であるといえます。

一番古い隕石というのは‥‥?

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46億年って言ってますけれど、45億6000万年前。太陽ができたのがその時代で、太陽の周りにチリとかガスが集まって、グルグル回りながら合体と破壊を繰り返し、だんだん大きくなってあるものは地球みたいに大きな惑星になる。大きくなれなかったものは他に吸収されてしまったり、あるいは小さいまま残ったり。軌道によってはまた太陽に吸い込まれる。
火星と木星の間にある小惑星帯には、小さいものだと直径数百m、大きいと直径1000kmの小惑星があります。全部太陽を中心とした軌道を回っていて、軌道がわかっているものだけで30万個かな。それが、母天体と言いますが、どの小惑星から来たかというのがわかっていない。ただ1種類わかっているのがベスタといって、直径が500kmくらいの小惑星があるのですが、それに対応するような隕石が何種類かあります。それらはベスタから来たのだろうということになっています。

他に起源のわかっている隕石はない?

隕石と呼んでいますが、小惑星以外から来たのは月の石と火星の石。隕石の99%以上、先ほどの小惑星帯から来ています。それ以外の特殊なものが火星の石であり月の石。本当は、水金地火木の水星とか金星からも来ていていいはずなのですが、まだ見つかっていない。水星や金星は地球型の惑星なので、海が無いだけで表面まで岩石ですから。

極地研にある16200個の隕石の区別はつくのですか?

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僕はうちのコレクションを全部視ていますから、同じか違うかという点では区別できます。月の石や火星の石は顔が違うので、すぐわかります。火星の石の顔? 一見して地球上にある火成岩の顔をしています。隕石の中には火成岩起源のものもあるのですが、(地球上の火成岩に似ているので)それらとは明らかに違う顔をしていますよね。
隕石の特徴のひとつは表面に融けた痕があること。フュージョンクラストと言いますが、落ちて来る時に空気との摩擦で1000℃以上になる。真っ赤なファイアーボール、火の玉になって。そういうところが目撃されることがありますね。

月とか火星の石は、珍しいんですか?

月の石は世界に100個くらいありますが、裏側はほとんどないです。極地研にあるのが、火星の石が11個。月が9個。
月の石自体が珍しいですよ。万博の時、月の石ひとつであれだけ人を集めたじゃないですか。僕なんか月の石を触れるってすごいことだと思うのだけれど、以前あるイベントで月と火星の石を触れるコーナーを設けたけれど、それほどでもなかった。極地研にある一番大きな火星の石なんて値段にしたら30億円ですよ。

隕石を探すのに、なぜ南極なのですか?

もとの天体を飛び出した隕石は、最終的には太陽の引力に引っ張られてその中に落ちてしまう。その時に地球の軌道、地球の近くを通る。そうすると地球の引力に引っ張られて入ってくる。地球の引力圏にとらえられると、地球に落ちざるを得ない。プラズマと違うから磁場に落ちるとかではなく、どこへでも落ちる。南極でなくても、どこにでも隕石はあるということになります。砂漠などでも多く見つかっています。それなのになぜ南極か。過去何十万年かの間に落ちた隕石が氷の中に保存されていて、それが氷の流れに乗って集められてくる場所がある。そこに行くとたくさん見つかるからです。それでも1日中雪上車やスノーモービルで走り回ったって数個とか多いときで200個とか、そんなペースでしか進みません。

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Yamato-86032
斜長岩質角礫岩という種類の岩石で,いろいろな特徴から,月の裏側から 飛来したと考えられている。
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Yamato 000593
ナクライトという種類の火星起源と考えられる岩石。粘土鉱物を含むこと から,火星に水が存在した証拠になっている。

月の裏側の石はどこで拾ったんですか?

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Yamato-86032を偏光板2枚で挟んで、
顕微鏡で拡大したもの
写真提供:国立極地研究所

やまと山脈で拾いました。あれは1986年27次隊。裏側の石だとわかったのは1990年代はじめころだったでしょうか。その頃「そうじゃないか」と言われ出した。というのは、アポロ11号から13号を除いて17号まで、月に着陸して持ちかえった岩石は全部表側なんです。オペレーションの関係で表側しかできなかった。裏側の石は持ち帰られていない。ですから表側の石の特徴はわかるわけです。それに照らし合わせると、Yamato-86032の特徴は表では収まらないとう話になって、じゃ裏じゃないかと。人工衛星を使って、月の全球の、どんな元素がどんな所に分布しているかということを調べた。最近の〈かぐや〉がかなりの程度で調べてあって、元素の分布はマッピングできているんです。だからそれに合わせれば、だいたいの場所がしぼれてきますよね。月から飛び出したのがいつ頃かということもわかる。地球上にいつ落ちたかというのもわかる。

なぜそんなすごいことがわかるのですか?

書いてあるんです(笑)。
「宇宙線照射年代」という言葉があります。照射年代っていうのは宇宙線をいつ浴び始めたのかということです。それはある放射性同位体、要するに宇宙線が当たるとできる放射性元素ですが、大きな天体の深いところになると、宇宙線が当たらない。

つまり放射性同位体ができない。ところがそこに他の天体がぶつかって、ある大きさの石のかけらになって宇宙に放り出されると、今度は宇宙線が当たり続けますから、それに伴ってある元素は増え続けるんです。それを調べることでいつその天体から離れてかけらとなったかということがわかります。たとえばYamato-86032は1000万年前に月を離れて、地球に落ちたのが8万年前。

隕石って、南極に行けばすぐ見つかるんですか?

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Yamato 000593を偏光板2枚で挟んで、
顕微鏡で拡大したもの
写真提供:国立極地研究所

場所によっては氷の上にあるのは隕石だけってこともあるけれど、周りを造っている山の石が転がっていたりとか、モレーンがバラバラ転がっているところなどがあって、そういうところだと地球の石と区別しながら拾ってきます。
違う顔している石はわかりやすいから、往々にしてそればっかり集めるんだけれど、実は大事なのは地球の石と同じような顔しているもの。たとえば月の石なんかそうだし、火星の石もそう。ほとんど地球の石と変わらない顔をしています。
地球には花崗岩があるわけですが、もし月の石の中に花崗岩を見つけたら、あるいは花崗岩でできた隕石をみつけたら、今のところ、それこそノーベル賞級。地球科学的にも大発見。ということは地球と同じような進化を経てきた星が別にあって、それがぶっ壊れない限りそんな石はないわけです。
あるいは地球でできた花崗岩が地球から宇宙空間に飛び出して、それが戻ってくるとか。
あるいは他の星の表面に落ちていてそれがさらにまた蹴飛ばされて地球に戻ってくるとか。そういうことが無い限りはないことですから。

毎年隕石を探査し、研究する訳。

温暖化し続けているから氷期が来ないのではという心配もあるが、たとえば温暖化することによってバランスが崩れて、それが引き金になって寒冷化することも考えられる。

気候ってある周期で変わっていて、そのサイクルにはいろんな周期がある。たとえば100年周期とか1000年周期の変化があるとしたら、100年以上、1000年以上観測しなかったらその周期がとらえられないでしょう。

まず未来を予測するには過去を知らないと。
ただ過去とひとつ違うのは、人間が生活活動によって大量の二酸化炭素を出してしまっているということ。でもそれも地球全体のことからみたら大したことないのかもしれない。何十億年というスパンでみれば。自然保護自然保護っていうけれど、もちろん僕も言いますけれど、そんなおこがましいことよく言うなと思いますよね。人間なんて、地球の表面にうごめいている小さな生命体にすぎないんですから。