インタビュー

石の記憶
――岩石を通して太古の地球と語る国立極地研究所 副所長 本吉洋一氏

国立極地研究所 副所長 本吉 洋一(もとよし よういち) さん

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国立極地研究所・研究教育系地圏研究グループ・教授、副所長(極域情報担当)。大陸地殻の構成要素である各種岩石から、それらに記録されている変動の痕跡を抽出し、大陸の形成・進化モデルを構築することを目指して研究を進めている。日本の南極観測隊には6回、オーストラリアの南極観測隊にも参加した経験をもつ。理学博士。今年出発する第51次南極地域観測隊隊長。

11月に南極へ向かう第51次南極観測隊の隊長である本吉教授。草津の高原で行われた夏の訓練で配られた地図には、ほとんど目印が記されていなかった。これじゃ分からないのでは?と訊くと、「地図が教えてくれるんじゃない。自分で何を分かろうとするかだ」と即答した。この姿勢が研究にも貫かれている。

南極でどんなことをするのですか?

現場、つまり岩の出ているところに行きます。
まず岩石の分布や地層の構造を調べます。地層がどっちに何度傾いているかとか、どの範囲まで広がっているとか。歩きながら、情報を持っていそうな石を見極めながらサンプリング(採集)してきます。集めた石を日本に持ち帰り解析して、変動の証拠をかためていきます。

警察の鑑識の仕事と似ていますね。たとえば、現場に残されていた髪の毛1本や血液一滴を採集して情報を得るでしょ。

今表面に出てきている石は深いところ、例えば地下数kmから数十kmでできた石。つまり地球のはらわたがそのまま露出しているという感じです。

地球のはらわた?

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南極大陸の石の中で、変成岩と呼ばれる種類は地表でできたものではない。
元々は地表にあった砂岩や泥岩、石灰岩だったりしたものが地殻変動で地球の中に押し込められ、深いところまで行く。たとえば深さだと30km、温度だと800℃とか900℃とか。そこでいろいろな鉱物ができるわけです。それがまた地表に上がってきて僕らの手に取れるところにある。そのメカニズムは本当のところはまだよくわかっていない。
でもたとえば2つの大陸がぶつかれば、片方が下に潜り込むこともあるでしょう。また大陸が分裂した時に、地球内部からマグマが湧き上がってきてそれにつられて上に上がってくるとか。

石からわかること

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地球の内臓部分だった石を集めて持ち帰り、分析機器にかけるといろいろなことがわかってきます。たとえば昭和基地の石とスリランカの石。双方の石を調べたら、年代も近いし石の性質も近い。見た目も似ている。つまり双子で生まれた兄弟が、幼い時に生き別れになった。今、2人を比べてみると、顔も似ているし血液型も同じだし、DNAも近いとわかったということですね。こうしてかなり古い時代の大陸の様子がわかってきます。

地質現象学というのはものすごく時間がかかるんです。しかも実験室では絶対再現できない。でもかつて地中深くにあったものが、今地表にでてきているのはまちがいない。そこに一体何が起こったのかということを、石にしゃべらせる。石の中に証拠が残っているんです。深いということは圧力が高いということ。そこには当然、圧力が高くないとできない鉱物がある。それが地表に上がってくる。つまり圧力が下がるわけです。そうすると鉱物は安定でいられなくなる。安定でいられない鉱物は他の鉱物に分解していきます。そういった履歴が石の中に残っているんです。それを解析することによって、元々どのくらいの深さにあったものが、どういう履歴をたどって地表に達したか、ある程度復元することができます。

それこそ、数億年とか数十億年前の地球の変動を読み取ることができるわけです。
野外に何気なく露出している岩石や堆積物から、その中に秘められた情報をじっくりあぶり出すというか、暴き出すというか、そういう過程が地質学という学問なのです。

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南極昭和基地の南約70キロメートルのスカーレンという露岩から採集されたサファイアを含む岩石。水色の六角形の鉱物がサファイア。約5億年前に形成されたもの。
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なぜ南極なのですか?

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南極は氷に覆われた大陸ですが、氷の下には広大な岩盤があります。今から約2億年前までは、アフリカ、南アメリカ、オーストラリア、インドなどとともにゴンドワナ超大陸を形成していました。昭和基地付近は、インド南部やスリランカと地続きだったのです。昭和基地とスリランカがつながっていたのなら、それぞれに分布する岩石の種類や、それらができた年代が同じでなければなりません。

極地研にはSHRIMP(セカンダリー ハイレゾリューション アイアン マイクロ プローブ=二次イオン質量分析計)という装置があって、岩石に含まれる鉱物の年代測定に使います。
日本には極地研と広島大学に設置されています。年代を測定するにもいろいろな方法があるのですが、SHRIMPによる年代測定は、世界のスタンダードになりつつあります。

奇跡の星〈地球〉

地球ができたのは46億年前といわれていますが、46億っていう数字は地球の岩石ではなくて、実は隕石の年代なんです。太陽系には元々隕石がいっぱいあって、それが寄り集まり衝突を繰り返しだんだん成長して、原始地球ができた。隕石の衝突エネルギーで、原始地球は表面までマグマに覆われた。だから当時岩石はなかったわけです。

ただ、これまで見つかった最も古い鉱物で43億年前に形成されたものがあるんですよ。その小さな鉱物はジルコンと言いますが、年代測定に非常に適した鉱物で、測定してみたら43億。そのジルコンを分析していくと、水が無いとできないということがわかった。つまり43億年前、地球には水があったということになります。この水が地球という星を決定づけた非常に大きな要素だと思います。水があったことによってこの星には生命が生まれ、進化して我々人間につながっている。もし地球がもっと太陽に近かったら、水は全部蒸発してしまいます。逆にもっと遠かったら凍ってしまう。地球は実に絶妙な場所にあるんですよ。

でももし地球上に水しかなかったら、逆にいえば大陸がなかったら、生物のこんな進化があったでしょうか。魚みたいな生物はもっと進化したかどうか。大陸があったから、その当時水の中にいた生物が上陸できた。
今、地球には海と大陸が存在しています。これが、地球という奇跡の星を決定づけるもうひとつの重要な条件だと思います。そう考えると大陸ができたことは人類にとってとても大事な問題じゃないですか。だから僕はそれを探りたいわけです。

もし地球の観測や研究に無関心だったり理解がない人がいたとすれば、それはまず「大陸ありき」だからじゃないでしょうか。当たり前に地上に住めている。でも本当はそうじゃないんです。

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南極エンダビーランドから採集されたサフィリングラニュライト。青い柱状の鉱物がサフィリン。今から約25億年前に、非常に高温の条件(>1000℃)で形成された岩石。

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南極昭和基地の東約80キロメートルの明るい岬という露岩から採集されたルビーを含む岩石。赤い鉱物がルビー。黒い大きな鉱物はコーネルピン。約5億年前に形成されたもの。

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地球の未来に向けて

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南極の自然を研究する人は、たぶんみんな、この地球がどうやってできたかを知りたい。岩石を研究する事はその1つの方法だと思います。遠い将来、だんだん太陽が膨張してきて、最後は飲み込まれて地球は終わるんです。白色矮星といって、どんどん膨張してきて火星くらいまで飲み込んじゃって、そのあと大爆発してチリとなって浮遊する。でもそれはずっと先の話。人間の年齢で言えば、太陽はちょうど半生まできたから、あと半分っていうことですね。でもその前に大きな環境変動が起きるとか、大きな隕石が衝突するとか、そんなことがあったらもう人類なんていなくなっちゃうかもしれない。

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地球の歴史を1年にたとえると…

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でも考えてみて下さい。
過去にあったように、隕石衝突によって恐竜が絶滅し、そのおかげで哺乳類が繁栄し始めた。隕石がぶつからなかったら、未だに恐竜がウロウロしていて人間なんかいなかったかもしれない。
この星は必然と偶然が入り交じって激動の変遷を経てきて、その結果我々が今いるんです。

地球の未来を予測するには地球の過去をしっかり知っていなければできない。過去を知らなかったら予測がつかないですから。地球という天体の内部がこうして石として地表に現れている。そこには、壮大な地球のドラマがまだまだ隠されていると思います。

撮影場所:国立極地研究所、その他
写真:五来 孝平