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インタビュー

第51次南極地域観測隊 始動!
テーマは「過去から未来への橋渡し」国立極地研究所 准教授 工藤栄氏

国立極地研究所 准教授 工藤 栄(くどう さかえ) さん

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国立極地研究所 研究教育系生物圏研究グループ 准教授
研究分野は水圏生態学、植物生態学。理学博士(東京大学)
江東区の自宅と立川市にある極地研の間を、雨が降らない限り片道は自転車で通っている。

聞き手 清水恵美子(しみず・えみこ)/えくてびあん&多摩てばこネット編集工房
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映画『南極料理人』8月22日
立川シネマシティでロードショー
(C) 2009『南極料理人』製作委員会
◆ 第51次南極地域観測隊とは

2009年7月1日。立川市緑町にある国立極地研究所で正式に第51次南極地域観測隊(本吉洋一隊長以下越冬隊28名、夏隊34名)が活動を開始した。第51次隊は平成17年11月からの「南極地域観測第VII期計画」の最終年次(4年次)として位置づけられている。計画をいかに終わらせてくるか、それは非常に重要なミッションとなる。新しい砕氷船しらせを利用する初めての年にもあたるため、輸送体制や船上観測などにおいても注目され、また第VIII期計画から新たなカテゴリーとして加えられる「公開利用研究」の実施に向けて、その試行を実施。研究者だけでなく設営隊員にとっても忙しい時期が始まった。

越冬隊長

今回の夏隊は34名。昔は越冬隊の方が人数が多かったのだけれど、今は逆転してしまって夏隊の方が多い。
越冬隊は28名。越冬隊長としては、今回はおおかた昭和基地にいることになるだろうけれど、それでも観測のために野外へ出かけることは1回や2回はやってきたいな、と思っています。
夏隊34名と第50次の越冬隊が2月半ばには基地を離れ3月19日には日本に帰ってしまう。越冬隊28名は基本的に昭和基地での観測を実施するのだが、このほか野外での観測も計画されており、南極大陸のどこかへ観測に行かなければならないという時に、例えば沿岸ならば1週間単位でチームを出す。内陸奥地ならば2週間から3週関の単位でチームを編成して実施するという感じになります。

その際、観測を実施する人だけで南極の野外の観測ができるわけじゃない。これを支援してくれる仲間も必要です。必ずしもすべてに雪上車や機械の技術者、医師や調理隊員が同行するというわけではない。彼らも手が離せない時期というのはあるだろうし。だから車を整備するのも料理作るのも専門家同行しなけれできないというわけにはいかない。

そんな意味である程度南極の野外で観測する人は「何でもできる」ように準備し、備えなきゃいけないんですよ。越冬中にこのへんの技術や要領を次第に身につけ、いざ自分が企画する観測へ出かけるっていうのが、われわれ観測隊員のスタンダードかな? 僕なんかとっても料理好きだから野外観測で「ここでこのときしか味わえない? ような食事を作るのを楽しみにしているんだけれど、忙しかったりあんまり料理得意じゃないっていう人も中にいるわけで、通常はこのような観測旅行に備えてある日の夕飯の残りとかをレトルトパックのようにしてストックしておくんですよ。それを持ち出して野外観測に行くんです。

南極へ行くというチャンス

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国立極地研究所敷地内のコンテナ

なかなか南極観測を自分の身近なこととしている人は少ないでしょうね。身の回りに南極に関係している人がいるというのも多くはない。だから一般の人が南極観測を自分のこととして考えることはあまりないのが現実でしょう。でも、普通の人にも行くチャンスはある。もちろんその人が南極に強い興味と関心、そして行って何かやってみたいという情熱があればですけど。

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立川市緑町 国立極地研究所

けれども2回、3回繰り返し行こうという気持ちになるには、やはり南極の地でこれを研究しようとかあれをやってみたいという内に秘めたかなり強い気持ちがないとできない。一生のうち1回は行ってみたいなと思う人は結構多いかもしれないけれど、それを生業にして、出稼ぎ生活でもいいから繰り返し行って何かやってこようというと、仕事で南極へ行く人数は変わってくるんじゃないでしょうか。

観測隊結成

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国立極地研究所所長 藤井理行さん(左)と本吉洋一隊長

強い気持ちを持って何度も南極観測へ行く人間が極地研には集まっている。観測隊は毎回新しいメンバーで結成される。全員新しい顔ぶれっていうわけではないけれど、メンバーが入れ替われば1回ごとに新たな関係になってしまうもの。観測隊メンバーが全員決まってからの準備期間は決して長くはなくて、 7月1日に辞令が下ってすぐにそれぞれの任務で準備が始まって、11月にはもう行っちゃうわけですから。時間的にはとても短いですよね。

観測隊のすばらしさ

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夏訓練に行くバスの中
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夏訓練

人間関係作りというのも日本にいる間に十分できればいいのですけど、実際はなかなか深まりませんよね。むしろ南極に行ってしまってからの方が作りやすいですね。もう逃げ場がないですから。
越冬に入ってからは28人だけで暮らすのですから、苦しいと思う方もいるかもしれません。何かトラブル起きてしまったら大変ですから、狭い人間関係の中でお互い遠慮ばかりして何も起きない生活をするかといえば、さにあらず。そんな生活がおもしろいって思えるかどうかですね。自然環境の厳しさ、それを乗り越えなきゃいけないっていう状況は人の心のゆとりを簡単に奪ってしまうもの。遠慮なんてこと自体、できないのかな? だから直接その人の本性のようなものを如実に表して生活していくっていう場面が多いんですよ。そんな逃げ場のない人間関係がおもしろいって思えば、楽しく暮らせます。昔の大家族のようなものですね。そのいいところっていうのがあるんですよ。それは、親密な人間関係です。

また南極は生きていくことすべてを自分達でやらなきゃならないから、そこをみんなで協力して一緒にやっていくとき、ああ、こいつこんなとこあったのかって思える場面もよくあります。それが面白いとか楽しいって思えなきゃ、ちょっとつらいでしょうね。 積極的に何かしてみたいという強い思いがあれば、人間関係が面白いと思えるようになるんじゃないでしょうか。でもね、頭でわかっていても、それでもいろいろありますよ、ディープだから(笑)。

それでもたまには…‥‥

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夏訓練
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隊員室の様子

昔は大家族だったり、クラブ活動で長期合宿したりして親密な人間関係に慣れていたと言いますか、だから普通の生活の中で何かトラブルがあったとしても大きな問題にはならなかった。今は核家族化し、また部活の人間関係なども避ける人が増えてきた。
一方南極も生活環境が整って良くなってきたし、飛行機でポンと南極へ入れるようになったりで、つまり気楽に行けるようになっちゃってるんですよ。だから人間関係の備えなく紛れ込んでしまう人がいる可能性も出てきましたね。

南極の自然は今も昔も変わっていない。そんな甘っちょろいもんではないんです。今でも死が隣り合わせであることに変わりはない。けれど、なんとなく普通日本で暮らしていることとなんら変わらないものだと勘違いしてしまう。ですから人間関係に限らず、トラブルが起きやすい状態になってきてしまったかなという気持ちはします。
そういう意味でいうと、最近は女性の隊員が多いでしょ。女性の隊員は南極に行くことに対して、男性隊員以上にやはり相当な覚悟をしてきている気がします。結果、女性隊員の活躍の仕方、行動の仕方は、我々のように何回も南極に行っている人間から見ると(男性隊員以上に)安心していられる。その覚悟が見えるんですね。

工藤先生自身は

大家族っていうほどの家族構成ではなかった。でも田舎もんだからね、都会の人に比べれば家族の人数は多いかな。秋田の出身ですが、隣近所のつきあいはものすごくディープなんですよ。ある意味南極の集落と同じように。隣のあんちゃんが転んだようなことでもすぐ伝わって来る(笑)。そういうのが当たり前だと思って育ったから、昭和基地の少ない人数のやり取りも当たり前に思えます。

見ての通りとてもいい子で育ってきたんですが(笑)、秋田という環境が、まあ日本の田舎の典型。自然の中ですからワイルドに育ってはいます。
ワクワクするようなことが大好きで、どこかの家の用水池で鯉を放している。それをこっそり釣りに行ったりとか、山の中にウサギを追いかけに行ったりとか。そんな少年時代を過ごし、大学が筑波大でしたが、これもできたばっかりで。今、極地研のある環境と似ていましたよね。 ここも周りは広いしキジが走り回ってますから。

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隊員の中にはこんな方も プロスキーヤー 佐々木大輔さん
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夏訓練 食事当番
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夏訓練 朝のジョギング

釣りは幼稚園のころから好きでしたね。小学校の卒業文集かなにかに将来やってみたいことということで、「海に潜って仕事ができたらいいな」なんて書いていたんですから、その頃から生物や海への憧れはあったんですね。なんだかわけの分かんないアヤシイ生き物がアヤシク生きているんじゃないかって。海の中や水の中は普通に暮らしているとわからないことが多いですよね。そういうものに対してちゃんと調べてみたいなっていう意識はありましたね。
釣りが好きって言いましたが、釣りはある意味科学研究なんですよ。普通にしていたら何も見えないところに釣り糸と餌をたらしてやって、相手、ターゲットは魚なんですが、魚はある習性を持っている。それを考え目に見えない世界に釣りの仕掛けで探りをいれてやって、予想したり仮説を立てたりしていかに魚が食いついてくれるか実験する。実験が成功すれば魚が釣れるわけですよ。科学はそれと同じです。

専門は水の中の生物。今一番情熱を傾けているのは湖です。
最近まで氷の中で生活している生き物の研究もやっていました。海の氷が船にぶつかってひっくり返ったりすると、裏側が茶色くなっていたりする。それは顕微鏡サイズの藻類、アイスアルジーというんですが、海の氷は隙間が多くてその隙間に育つんです。これがオキアミの餌になり、それが食物連鎖を通じてクジラを育てている。そんなクジラの餌の大元になっているのが、このアイスアルジーですね。
今は湖。南極にも湖があるって実感できますか? しかもその湖底には草原のようにコケや藻類がいっぱい生えている。南極の陸地には草木は生えていないどころかコケだって滅多に生えていない、砂漠みたいなものです。でも湖は違う。なんだかアヤシク面白いでしょ?

南極観測のこれから

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夏訓練

南極観測は素直におもしろい。何回行っても新しいことに気づかされる。例えば、自分の肌で感じる自然環境の移り変わりとか。やはり南極の地で1年間、もしくは何年間か暮らしてみないと実感としてわからないですね。
自分の目的とした現象っていうのは珍しい現象のことが多いから、ごく一瞬しかないかもしれない。それに出会えたときの驚きや喜びは筆舌もの。一年を通じ南極で暮らしていたからこそ見つかる、そういうことがたくさんあります。だから毎回新しいことに出会うし気づかされることが、南極の現地で直接観測をすることの魅力だと思いますね。

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何でもそうだと思いますが、直接経験してそれを表現するというのが科学者だと思うんですよ。
感じるというのは、その場にいないと感じられない。数値やデータは南極から転送されて見ることはできるのだけれど、実感が伴わない。実感の伴わないことって、科学的にでもそうでなくても、表現できないんです。たとえば、南極で最近の環境変動で生き物が困っていることを表現したいと思っても、実感がわかないから表現のしようがないし伝えられない。
だから僕は、研究者が南極の自然環境と密着して暮らす観測、越冬研究っていうのはこれからも続けていかなきゃ、この先新しいことは見えてこないと思います。

人間が南極大陸にたどりついて200年経っていないでしょ。本格的な科学研究を始めて50年くらい。「もう私わかりました」って言ったら大嘘で、まだまだこれからですよね。

最後に、南極観測隊でなければ味わえない醍醐味とは

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それはやっぱり「30名弱の狭~い人間関係の中でディープに暮らす」ですかね。
自分の人間としての限界を拡大する修練の場、にもなりますよー。

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写真提供:国立極地研究所
撮影場所:国立極地研究所、その他
写真:五来 孝平