インタビュー

国立極地研究所国立極地研究所 所長 藤井理行氏

国立極地研究所 所長 藤井 理行(ふじい よしゆき)さん

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東京工業大学の土木工学科学生時代に、南米パタゴニアの探検を通じて氷河に魅了され、氷河研究のメッカ、名古屋大学大学院、樋口敬二研究室に進む。富士山の永久凍土、ヒマラヤの氷河の調査を経て、国立極地研究所へ。南極で9回の正月を迎えた経験を持つ。第32次、第37次観測隊では越冬隊長を務めた。北極では延べ15回の観測、調査を行っている。現在、南北両極や高山でのフィールドワークを通じ、雪氷コアによる過去の気候、環境変動の復元と変動メカニズムの解明、地球温暖化と雪氷圏変動の相互作用などをテーマに研究を進めている。社団法人日本雪氷学会会長、総合研究大学院大学複合科学研究科の教授でもある。

聞き手 清水恵美子(しみず・えみこ)/えくてびあん&多摩てばこネット編集工房

立川市緑町の風景がどんどん変わる。立川の新しい顔になった裁判所と研究棟。国立国文学研究資料館と国立統計数理研究所に国立極地研究所。今回はその中から国立極地研究所所長にお話をうかがった。

極地研究とは

南極、北極を通して〈地球〉〈環境〉〈宇宙〉〈生命〉を研究しています。約2億年前、ゴンドワナ大陸が分裂を開始し、今の大陸ができたわけです。昭和基地の置かれている場所は、そのゴンドワナ大陸が東西に分裂した境界にあります。南極というところはむき出しの地球。木が生えてない、土が無い。氷には覆われているけれど、氷から出ているところはむき出しの地球です。だから南極を調べることは、地球の生い立ちを調べることなんです。昭和基地の分裂した相手はどこだと思いますか? スリランカ。だからスリランカをグーッと戻していくと昭和基地とくっつくわけです。もちろんスリランカのことも調べます。スリランカで産出するサファイアのような宝石も、昭和基地周辺から産出するんですよ。

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南極全図 写真提供:国立極地研究所
Jezek,K.,and RAMP Product Team. 2002. RAMP AMM-1 SAR Image Mosaic of Antarctica.
Fairbanks, AK: Alaska Satellite Facility. In association with the National Snow and Ice Data Center, Boulder, CO. Digital media.
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さらに昭和基地の近くには、40億年くらい前の岩石からなる場所もあります。地球上で2番目に古い岩です。それを研究することで、地球が生まれた46億年前、どんな状態だったかがわかる。南極を研究しているんだけれども、実は地球を研究しているんです。

CO2の話

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間の営みが地球規模で影響を及ぼす環境を地球環境といいます。地球環境の最も深刻な問題が、化石燃料の消費で増え続けるCO2濃度で、その影響は地球規模の温暖化を引き起こしています。南極は人間活動の影響が小さいので、地球の大気のごく自然な姿が非常によくわかる所なんです。昭和基地では、CO2をもう何十年もしっかり観測していますが、その濃度は、季節変化をしながらも全体としては右肩上がりで増加しています。

北極でも同じ観測をしているのですが、南極と北極の違いがハッキリと出ています。平均濃度は、北極の方が2年ぐらい先行している。人間活動が北半球に偏在しているから。アメリカ、中国、日本だとかがあってCO2をどんどん出していますよね。逆に言えば、2年もすれば地球の空気は混じるということです。

北極では季節の振幅が南極の15倍くらい大きい。季節の振幅とは、9月のころはCO2が一番少ない。緑が増えますから。光合成で炭素を蓄えちゃう。海の中でも植物プランクトンが大繁殖します。海、陸の植物がCO2を吸収するのでグーッと減ってくる。これをスプリングブルームと言います。秋になるとCO2は急に増える。この夏冬の振幅が、北極は南極の15倍。南極はほとんど振幅がない。南極周辺ではCO2を出すところもないし、吸収するところもあんまりない。というより、1年中吸収していると言った方がいいかな。冷たい海域っていうのはCO2を吸収するんですよ。物理プロセス、化学プロセス、生物プロセス、いろいろなプロセスでCO2は吸収されるのですが、冷たい海域とは南極と北極です。 極地の海を中心に、地球全体では空気中の50倍から60倍ものCO2が海に溶け込んでいる。だから、温暖化で海がちょっと温まったりすると、海がCO2を吸収しなくなる、あるいは、海からCO2が出てくる。地球全体で考えると、温暖化が進行するとCO2が増える。CO2が増えるともっと温かくなる。するとますますCO2が増える。悪循環ですよね。CO2は、驚くべき濃度に達し、その影響が大変危惧されます。

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南極の氷は、過去の地球環境のタイムカプセルです。氷の中に昔の空気がそのまま閉じ込められている。それを取り出して分析すると、昔のCO2の量がわかるんです。また、氷の同位体の分析から、過去の気温も復元できるのです。その結果、10万年周期で変わる気温とCO2の濃度は、とても調和的に変化していることが分かりました。また、これまでの分析で、過去50万年のCO2濃度の最大値は、280ppmくらいということが明らかになりました。それが今はどのくらいだと思いますか? 380ppmです。石油の消費などが原因で、毎年1.6ppmくらいずつ増えているのです。 北京原人やネアンデルタールなどを含む人類が経験したことのないCO2の高いレベルです。人間活動で排出されるCO2が、自然が吸収する能力をとうに超えてしまったのだから、増加が続いているのです。

地球の気候っていうのは2万年、4万年、10万年の周期で繰り返し変化しています。最近では、1万年前に温暖のピークが来て、その後は長期的には寒冷化の時期なのです。あと2000年、3000年くらいで本当は氷河期に入るはず。ところが、人間活動によりCO2濃度が増え、その結果、温暖化が進行しているのです。温暖化の原因は、CO2濃度の増加だけではないと思いますが、CO2は有力な原因です。気温が下がる速度より温暖化の方が数倍速い。地球の長期トレンドとしての寒冷化とCO2の増加による温暖化が同程度なら気温の変化はなくて済むのですがね。

南極の寒さ

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写真提供:国立極地研究所
お湯花火

南極の空気のにおい? う~ん。どんなでしょうねえ(笑)。無臭ですね。においはないですが、凛とした爽やかさがあります。昭和基地は、オングル島と呼ばれる島にあるので、南極では暖かい所です。昭和基地から1000km離れたドームふじ基地は、標高3800mの高所にあります。気圧が低くて600hPaくらい。空気が薄い。そればかりか、寒いんですよ。半端でない寒さなのです! 吐いた空気、息が凍るんですよ。南極高気圧の中なので、低気圧なんて来ないから天気はいい。夏は太陽が出っぱなしで、冬の数ヶ月は極夜。ここの気温は、最高気温が-19度、最低気温が-79度で、一年の平均で-54度です。-40度くらいになると、吐いた息が凍るんです。太陽が当たるとキラキラして、とてもきれいです。ダイヤモンドダストです。でも、きれいだなあ~なんて言ってられないんですね。風が弱いとまたその空気を吸うことになるんですが、とても胸が痛むんです。小さいけど氷の粒だから。マスクすると少しいいんですけれど、マスクもすぐ凍っちゃいます。吐いた息が凍る世界っていうのはすごい世界です。

こんなこともありました。極夜前の風の弱いある日、皆で外作業をしていたんですが、ふと気がついて見てみたら、地平線まで黒い帯みたいなのが続いている。「これ、なんだ?」って言うことになりました。見たら自分たちから出てるんですよ。何だと思います? 作業してますからハアハア息してますよね。吐いた息が凍ってますでしょ? 重いんですよ。沈んでるんです。ず~っと風に流されてね、地平線まで行ってるんです。自分たちが吐いた息がですよ。だからね、スノーモービルかなんかでちょっと走って行ってみると、自分たちがしゃべった言葉が見えるんじゃないかと(笑)。いやあ、ギャートルズの漫画の世界だなあってね。

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一緒に行った新聞記者がどのくらい寒いか、「凍えるように寒い」なんて文章で表現するんじゃなくて、写真で示したいと言いましてね。20日間かけて、標高3800mのドームふじ基地まで行った時のことなんですが、いろいろアイデアが出ました。バナナで釘打ったら? バナナ持ってない。釘もない。はい、却下。じゃ、フライパンに生卵落としたらすぐ凍るって言うのはどうだ? 生卵なんか持ってない。すぐ凍るっていうのも、映画ならいいけれど、写真じゃだめでしょ。却下。豆腐で頭たたくのは? 豆腐なんか持ってない。みんな却下です。なかなかいいアイデアが浮かばない。それでね、お湯をまいたらどうだ?誰もどうなるか分からないので、やってみようということになった。 そうしたらね、これがすばらしいんですよ。お湯がね、瞬間的に凍るんです。日本でお湯まいても、雨粒みたいなものが見えるだけでしょ。夏ですよね。-40度くらいでしたか、同行記者がお湯を撒いてね。ここでね、シュワって音がするんですよ。湯気が瞬間的に凍っちゃう。この先でもう一回パッと開く。2回爆発するって感じ。これは面白くってね、すぐ魔法瓶が空になっちゃうんですよ。(笑)

南極の空気

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南極の空気はきれいだから、息が白くならない。北海道とか、東京でも冬の朝は息が白くなりますよね。空気中に漂っている小さな微粒子、エアロゾルと言いますが、煙草の煙もエアロゾル。飛んでくるダストもエアロゾル。空気の汚れの指標です。エアロゾルがあると吐いた息の水蒸気が凝縮して小さな水滴になり、白く見えるのです。南極ではエアロゾルがほとんど無いので息を吐いても白くならないんです。もっと寒くなると、先ほど言ったように吐いた息がそのまま凍ってしまうんです。南極は、厳しい寒さとともにきれいな空気の大陸なのです。南極で、どこに行っても息が白くなったら終わりです。

極地研の宇宙研究

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南極での宇宙の研究の1つは、オーロラ研究です。オーロラは、太陽から放出された電気を帯びた粒子が、地球の磁力線にトラップされ高さ300kmから100kmで酸素原子とか窒素原子に衝突し発光する現象なのです。自然界のネオンや蛍光灯、それがオーロラ現象なんです。太陽と地球の相互作用の現象です。

南極、北極ならどこでもオーロラが見えるかというとそうじゃないんです。地球にねじり鉢巻したような形のところがオーロラ帯。昭和基地はそのねじり鉢巻の下にあります。オーロラ研究する上では格好の場所。そのため、日本のオーロラの研究はすごく進みました。いまから30年以上前に、そこで何が起きているか調べたいっていうんで、観測ロケットを打ち上げた。もののみごとにオーロラにロケットを命中させることができたのです。いまでも、昭和基地はオーロラ観測で、世界のトップを走っています。

もう1つの宇宙 隕石の話

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今度は隕石の話です。今から40年ほど前、昭和基地から400km程離れたやまと山脈に地質調査にいった研究者が、氷床、大陸規模の氷河ですが、氷床の山脈よりも上流の裸氷帯で、石のようなものを採集したのです。それが隕石の発見だったんです。最初に10個見つけたんです。隕石がこうしたところに集まることを理論的に解明した日本は、山脈の上流側の裸氷域を徹底的に調べ、なんと今では16200個もの隕石を集めたのです。数年前までは世界トップだったんですよ。その全ては、極地研にある。これを研究しておもしろいことがいくつかわかった。

この隕石の中に、火星起源の隕石と、月起源の隕石が、それぞれ9個づつ見つかりました。なぜ、火星や月が起源とわかるか? 素朴な疑問ですよねぇ。火星には1976年、バイキングと言う名の無人探査機が火星に着陸して土をすくって、分析データを地球に送ってきたわけです。月の方はアポロが何回も下りて、宇宙飛行士が石を拾って、地球に持ち帰って、分析がおこなわれました。火星に特有な成分、月に特有な成分。特有っていうことは地球上にないということです。南極で採集した隕石の中に、この特有な成分が検出されたのです。その結果、火星起源の隕石が9つ。それから月起源の隕石が9つあることが分かったのです。それもね、月の裏側から飛んできた隕石も1、2個含まれているということです。

「隕石の発見」は、まさに観測の醍醐味そのものです。今では多くの人が、地球のことは人工衛星やコンピュータの数値シミュレーションで何でもわかっちゃうような錯覚に陥っているけれども、実はそうじゃないんです。隕石があるなんて、人工衛星だってわからないですよ。

南極の氷は地球環境のタイムカプセル

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写真提供:国立極地研究所
セールロンダーネ山地
ルンケリッゲンのモレーン

氷からいろいろと昔のことがわかってきています。国文学研究資料館の今西佑一郎館長と話をする機会があったんです。なかなか国文研も極地研も接点がないのが面白いんですかねなんて言ってたんですが、僕、ちょっと思い出してね。「いや、先生、接点ありますよ」って言った。「明月記って言いましたっけね」って言いましたら、「あ、藤原定家の」ってバッと出て来るんですね(笑)。こっちは藤原の「ふ」も出ない。だけどね、その明月記の中に、急にある星が輝きだしたという記述がある。中国の古文書にもある。その記述を裏付ける事実が南極の氷の中で見つかったと話したんです。そうしたら「おおっ」っていうことで。おもしろいでしょ?

氷はね、地球環境のタイムカプセルなんです。地球環境の中には、超新星爆発でピカッと光るのが見えたって、それはもう何億年も前かもしれないけれど、光が届くのといっしょに、光って光の粒子ですから、いろんなものが地球に届く。それが成層圏の中でいろんな反応を起こす。成層圏は窒素がたくさんありますから、硝酸ができる。南極ってちょっと特殊な場所で、成層圏の空気が沈み込んでくるんです。成層圏で超新星爆発によってできたわずかな硝酸が、雪の中に積もったんですね。その後にまた雪が積もって、積もって。今西館長に話したんですけれどね。「先生たちは古文書を読みますよね。我々は雪を読むんです」って。国文学はまず日本語で読む。そしてその背景を考える。我々は氷の中の微量な化学成分で読む。雪とか氷とかから地球環境を読み解くんですね。おもしろいですよ。サイエンスっていうのは知的探検なんですね。未知な世界を既知に変える。そのチャレンジがサイエンスなのです。

研究者の使命

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むずかしくはない。誰にでもできます。好奇心とあきらめない精神が大事です。熱心に取り組むと、あきらめないで取り組むと、それなりに実現します。サイエンスでは、壁にぶち当たったら、じーっと考える。1日、1週間、1ヶ月、満足するヒントが得られるまで、別のことをしながらでも考える。誰かと話すのはすごくいいですね。何かひらめくことがある。考えているといろんなアイデアが思いつくんですよ。これはね、サイエンスの世界じゃなくても、もの作りの世界でも同じでしょう。 知的な好奇心が満たされるって、ものすごく嬉しいことで、それは子供にも大人にも同じこと。

科学の世界って、人類の本能とも言える知的な世界です。未知を既知に変える世界です。一人一人を取り巻く未知の世界は、それぞれの知的探検の対象です。研究者というのは、人類にとっての未知の世界にチャレンジし、すこしでも既知に変えるのが使命です。我々研究者は、タックスペイヤーから知的な発見の夢を託されているのだと思います。その期待に、少しでも応えてゆきたいと考えています。

実力は人間力

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一昨年の1月、南極観測の50周年を記念し、科学未来館館長の毛利衛さん、登山家の今井通子さん、作家の立松和平さんに、南極に行ってもらったんです。今井さんが、南極に来て今の若者を見直したと言ったんですね。若者がこんなにたくましいなんてと。中には選び抜かれた人もいるけれど、多くは普通の人です。でも、昭和基地という環境が人を作るんですね。ここだと協力しないと生きていけない。今は越冬隊は人数を少なくしていて、28人。それで水も電気も作る。観測はする、料理はする。医者は何かあったら面倒見る。通信はする。すべてやっている。ある意味では本当に自立的実力部隊ですよね。日本的感覚から言ったら、4倍、5倍の人間が必要でしょう。たとえば気象庁の人たち5人で24時間観測している。1日8回の地上観測、1日2回の高層観測、日射など放射観測、そしてオゾンホールの発見につながったオゾン観測などです。これは国内だと、20人ほどの測候所クラスの仕事量と聞いたことがあります。それを昭和基地では、5人でやっている。機械部門など、他の部署でも同様です。お互いに協力し合うということが根底にないと、昭和基地は成り立たないのです。閉鎖社会というのは崩壊するんです。だから人間関係はすごく大事。協力し合うことが大事。今井さんがね、一人一人がものすごい実力者だって言ったんですね。専門が何かわからないくらい全員が全ての事に詳しくなっている上に協調性もある。この仕組みが何にも変えがたい。

研究者だからと言って口だけで何もしないで偉そうにしていると、相手にされないですよ(笑)。一人一人が反省するようになって、角が丸くなっていく。家族より長い時間を過ごすわけだから、普通なら知り合えない人たちと濃密な関係ができる。それが観測隊の醍醐味ですね。結果的に人間が成長して帰ってくる。隊長になると、隊員を派遣してくれた企業に挨拶に行きますが、半分お世辞かもわからないが、「観測隊に行くと一回り人間が育って帰ってくるので、今後も協力させてください」って。嬉しいですよねぇ。行っているのは普通の人です。南極では、そんな普通の人が、人間力を付けて帰って来るんです。南極は、科学も育てるが、人間も育てるところなんですね。

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国立極地研究所の小さな博物館から。

撮影場所:国立極地研究所
写真:五来 孝平
国立極地研究所ホームページ