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歴史と文化の散歩道④-4日野の渡し碑

  • エリア 錦町
  • ジャンル 立川の歴史
矢川から多摩川方面を歩くの続きです。
前回は貝殻橋から根川沿いに進みました。
リニューアルされた野球場を横に見ながら都道256号線をくぐります。

出てきたところは、下水処理場の工事のためせまくなっています。



まっすぐ行かずに後方の坂をのぼります。



都道256号線に出て、日野橋方向に進み、多摩川の土手に入ります。



多摩川とは反対側、下水処理場方向の道にはいります。



下水処理場の横を進みます。



テニスコートなどを経て、下水処理場沿いに進みます。



日野の渡し碑(立川市ホームページより)
日野橋を通る都道256号線は、かつては国道20号線の一部でした。
この道路は、もともとは新宿から甲府をつなぐ旧甲州街道で、五街道の一つです。
柴崎体育館の東側を通り、錦町の下水処理場の南西で多摩川に出ました。

大正時代までここには橋がなく、冬の渇水期は仮の橋を架け、夏の増水期は渡し船を使って通行していました。
この渡し場が「日野の渡し」と呼ばれていたのです。
その後、アメリカの会社で永年働いたことのある増田淳が、自動車が多く通行することを見込んで、鉄の桁橋として日野橋を設計し、大正15年(1926)に完成しました。

「日野の渡し」が廃止され、日野橋が完成してからちょうど60年たった昭和61年(1986)10月、渡し場の近く、下水処理場の敷地角に、立川観光協会を中心とした人々によって、「日野の渡し」記念碑が建てられました。
日野橋は令和元年(2019)の台風により橋脚の一部が被害を受け、一時通行止めとなりました。

老朽化した橋は架け替え工事が行われており、2030年頃に完成予定です。




by JK