• Top
  • インタビュー
  • 「立川から発信するアーティスト」映像作家 波田野州平さん
インタビュー

立川から発信するアーティスト Vol. 4映像作家 波田野州平さん

Filmmaker   波田野州平 (Hatano Shuhei)

多摩美術大学卒業。
自主制作した短編が
「キネマ旬報」に紹介され、
「映画芸術」の年間
ランキングにランクインする。
ミュージシャンの
ライブ撮影を数多く手がけ、
“Night People”シリーズ
として発表。
2010年「gallery SEPTIMA」を
オープンし、展覧会やライブ、
上映会などを実施。
自身の映画作品に、
『TRAIL』、『断層紀』、
『影の由来』
などがある。

映画ってなんだろう。
波田野さんの作品を観終わって、
ふと、考える。

映画って、もともと
シンプルなもの。

「自分にとっての映画」
というものを一から
問い直してみようと
思って作ったのが
『TRAIL(トレイル)』でした。
それも、1から10まで
自分が決めるんじゃなくて。
たとえば砂場で
水がこっちに流れてきたから、
水路を作って、
そっちへ進もうって
誘導していくような感じで
作ったんです。
突き詰めて言えば、
“時間の流れ”、
そこだけを描こうと。

作品が生まれるのを、
一番近くで見ている感じ。

映画が自分の意図とは
別の動きとして、
進んでいくことを
助長させるような手法を
敢えてとってみました。
どうなるかわからない状態で、
映画を作ってみようと。

自分の中にある考えを
どんどん更新していきたい
って想い。
それは無我になっていく
ことと近いような気がします。

僕にとって「映画的」とは、
“時間の流れ”を感じられること。

映画と映像の違い、
それはやっぱり
“時間の流れ”だと
思うんです。
ただ2時間という枠の中に
物語や人が存在する
ということではなく。
物語、演技、感情…
そうしたものは
表面的な部分であって。

僕がイメージする映画は、
もっと根源的なもの。
初めて撮られた映像や、
黎明期の映画に
近いのかもしれません。

映画『TRAIL』より。Photo : 小沢利佳さん

たとえば、影や水面、光…。
木漏れ日など揺らいでいる
ようなもの。
そこに人の影が映っていたり。
そういうものは、
「映画的」だと感じます。
たとえ60秒のものであっても。

「映画を作る」より、
「観る」ことの方が大事。

映画は昔から好きでした。
興味を持ち始めたのは、
中学校くらいの時かな。
映画に限らず、
日常の中で、何かを観て
考察するのが
好きだったんです。
色々なことを観るっていうか、
眺めること、感じること。

それを映像にしているだけ。
観ることから、
映画作りの第一歩目が
始まっています。

映画『TRAIL』より。Photo : 小沢利佳さん

物語の発端は僕じゃなく、
常に他にある。

僕が作る映画には、
大抵、旅人が出てきます。
それと、化学反応を
起こさせる異物。
自分ではコントロール
できないものが入っている。
無意識に、そういう制作方法を
とっていますね。
秋田で撮った映画もそう。
15才の中学生の女の子に
カメラを渡して
好きに撮ってもらった映像と、
僕の映像と混ぜてみたり。

◆2010年立川市柏町にオープンした「gallery SEPTIMA」。
当地を含む周辺一帯の再開発に伴い、2016年7月31日をもって営業終了となった。

「gallery SEPTIMA」は
作家同士が共鳴し合える場。

あの場所でライブや展示をして
くれた人たちって、
それしか出来ないことを
してるんです。
うまいとか、
きれいとかを別にして。
僕はそういう人たちの
作品が好きです。

どうにもならない
ことへの思いが、
創作のエネルギーになる。

意図的ではないにしろ、
ものを作ろうとする時、
自分を開こうとします。

役者やスタッフの殻を
僕が破りたいとは
思っていません。
逆に僕自身が
破られたい。
渦中にあって、殻を破る側、
破られる側って関係は
ないんじゃないかな。

◆セリフがギッシリ書きこまれたシナリオと異なり、
紙一枚にシーンのイメージだけが記されている。

教えられて納得するより、
自分で見つけて
得心することの方が面白い。

僕の映画って、雲がずっと
流れてるシーンがあったり。
いわゆる劇映画という
手法に沿って撮ろうとして
いないんです。
でも、もっとカタチを整えたり
洗練させたいって
気持ちはあります。
だから作り続けている。

ただ、教えられて
わかるよりも、
自らわかった方が
面白いと思う気持ちは
変わりません。
僕自身、そうやって
発見してきたし、
そういう映画を観てきた。

◆映画 『断層紀』ポスター

ヒットした映画の中にも、
幾通りもの見方が出来る
映画はありますし、
豊かなものが沢山あります。

先日、久しぶりに
「スタンド バイ ミー」を観たら、
また色んなことが読み取れて。
“ホワイト トラッシュ”と言われる
下層の人の話が、背景として
あることに気づいたり。

何を見せるかより、
どう見せるか。
作品にどう昇華させたか。

自分の好みもだいぶ
わかってきたので、
昔ほど浴びるようには
観なくなってきましたけど。
映画に限らず、誰かの作品に
触れることは大事ですね。

どう見せたら、
題材がいちばん生きるのか。
映画の本質って、そこにある。
僕の場合、作っていくことで、
身についていったところもあります。
自分に合う作り方や、
身体感覚というものがあるので。
たとえ、同じ手法を取り入れた
としても違うものになると
思っています。
大学でも、映画の技術的なこと、
“いろは”は教わらなかった。
それがよかったかもしれない。

答えは、映画の側にある。
映画とずっと遊んでる感覚。

何かに対して、あまり
自分を強固に守る方じゃないかな。
生きてきた中で考えたり、
感じたものを出しているだけ。
何をしていても、映画のことは
ずっと考えています。

また、誰と仕事をするか
ということも大事です。
役者にしても。スタッフにしても。
共通点は“自分”が強くない、
エゴがない人。
みんなどこか、
空洞な人ですね。(笑)